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BIO+FORM 考 自然と建築の幸せな関係 金沢で考えた。ー伝統を未来へ繋げるには

北陸へ出張となりました。金沢、氷見と石川県、富山県にわたる2泊3日です。
寒波がやってくる、ということで結構ヘビーな防寒仕様で出かけましたが、雪はなく、晴れていたので、ちょっと歩くと暑くて汗が出るくらい。ちょっと拍子抜けでした。

さて、お約束の「ひがし茶屋街」へ。金沢は何度か来ているので、初めてではないのですが、伝統的建造物群保存地区、ということもあって、ここは好きな所です。
伝統的な茶屋では残っていけなくて、色々な業態に変化しながらまちが生命力を保っています。
あるものは小綺麗に改装し、あるものは昔そのままのその姿に価値を投影して生き残りをかけている。
中の生業は変われども、それを包む器である建築は少しずつ手を入れながら、その形を維持してきていることは、建築づくりをする身としては、改めてその力がどこにあるのか、を考えさせられます。

街中を歩くと、金沢といえども、もう持ち主がいなくなったのでしょう、建物が壊され、更地になったであろう空き地がいくつか目につきました。
御多分にもれず、駐車場となり、かつて歩いて街中を移動したのが、今や現代の車社会に占領されたその前線がそこにも侵食してきています。残念な風景。
どこの地方都市に行っても多分同じような風景がじわりじわりと忍び寄っているのだと思います。
人口減少、高齢化、少子化、そんな縮退の時代にあって、街やそれを構成する建築もまた撤退する戦略、シナリオが必要な時期にきています。

そうした状況の中、「伝統」はどうやって生きていったら良いのか、、、
伝統的な技術のコピペ、はまずはその継承、という意味では必要なことかもしれません。まずは守る。でもそれだけではやがてそれが持っていた力や魅力は劣化し、乾涸びた遺物になっていくのは目に見えています。
多くの先達が言われている通り、伝統とは進化の連続である、ということには私も大いに同意します。
伝統を下敷きにしながら、時にはほとんど上書きをし、あるときは軽やかに現代性を薄く纏いながら、長い年月をかけて育まれ、長らえてきたものたちはそのDNAをまた次に残していくのだと思います。

金沢の街並み 「主計町」

そうした文脈からすると、私が関わる建築の世界でも伝統的なしつらいを大いに尊重しながら、現代性をどう少しずつ差し込んでいくか、ということに腐心するわけですが、単なる思いつきの新規性や作家性のようなものはその時代の勢いを駆りながら、いつも消費されることにさらされているように思います。そのバランスが難しいのです。
私のデザインに対する姿勢は、そのデザインが生み出される社会や環境の状況に対して、デザインする対象を磨き上げて、「素直に」可視化する、ということなのだろうと考えます。あまり恣意性を挟み込みたくない。
デザインを「する」のではなく、デザインが「ある」ような心持ちとでも言いましょうか。
以前読んでいた雑誌、「左官教室」の小林澄夫編集長にお会いしたときに言われていた言葉は今でも覚えています。いわく、『建築は出来事である』と。

途中、街中にある、金沢工業大学の柳宗理記念デザイン研究所に寄りました。
柳宗理のさまざまな展示は伝統を踏まえながら、民藝的世界観を踏襲していることがよくわかります。
柳宗理のデザインに対する姿勢が書かれたものが展示されていました。
『伝統は創造のためにある』。

柳宗理の言葉。どれも身につまされ、響いてきます。

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