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2021年 6月 さなコン参加作品「終末のマナー」日本SF作家クラブの小さな小説コンテスト書き出し縛りのSF短編コンテスト

朝テレビのスイッチを入れると、ニュースキャスターが「おはようございます。世界の終わりまであと七日になりました」と言う。
後1週間。ついつい後回しにしてきたけど、まだ世界の終わりの挨拶状も書いていない。家のプリンターで印刷すればいいやと思っていたらもうあと何日もない。配達に念のため中二日みて、世界の終わりが6月6日だから3日に出せればなんとか間に合う。贈答品だけ先に送っちゃおうか。

「ねえあなた、挨拶状のリストはできてる?」
「なんだって?」
不機嫌そう。これは不機嫌な感じで面倒を押し付ける作戦だ。
「挨拶状の送り先。先週からお願いしてるんだけど。あと、給料の振込が6月6日以降の世帯は一か月分の所得税の控除手続きができるんだって。それでね手続きに必要だから、3、4、5月分の給与振込証明書を会社から発行してもらわなきゃいけないの」
「え?何それ?」
旦那の久志は歯を磨きながらニュースから目を話さない。聞く気がないな。
「3、4、5月分の給与振込証明書を会社でもらって来て欲しいの」
「そんなのあるの?」
「初めて聞いたけど、言えば貰えるって書いてあったのよ」
「どこに?」
「経産省のホームページに」
「そんなの知らないなぁ。ニュースでもやってなかったし」
「ニュースはそういうのやんないのよ」
「もう出なきゃ。帰ってからでいい?」
やっぱりやる気ない。時間がないのは私だって同じなのに。後回しにしたら面倒は増えるだけなのに。
「私も一緒に出る」
「じゃあ早く、ギリギリなんだ」
自分の都合ばかり。でもここで逃したら話す時間は取れない。
「わかった、すぐ、もうあとバッグだけだから。先にゴミだけ出しといて。あら鍵、鍵どこかしら」
急いでスマホと財布をバッグに入れて部屋を出る。鍵はバッグにあった。久志は銀座線だから表参道までは話せる。
「ごめん、言い忘れてたけど俺今日から遅くなる」
「ええ、なんで?」
「得意先の挨拶回りで終わりの時間は読めないけど、多分飲みが入る」
くそう。自分だけ忙しいような言い方して。腑には落ちないけど今言い争っても良いことはない。
「わかった。もう日がないから、帰ったら挨拶状は私が作る。あなたは送り先のリストだけまとめておいてね」
なんで俺がそんな面倒なことしなくちゃいけないんだよ、この忙しい時に。と久志の顔に書いてある。しょうがないじゃない。
電車は混んでプライベートな内容の相談はできなかった。久志には必要な物のリストを後でメールするといって別れた。

朝礼が終わったら営業は客先に出かけてオフィスはスカスカ。席にいるのは課長と新人木下君だけ。部長と社長もどこかに行ってしまった。
営業が帰ってきたら配れるように挨拶状の確認は今日中に社長にお願いしなきゃ。
お昼から戻ったら新人木下君には朝に頼んだお礼状の叩き台原稿が届いてた。

お疲れ様です。
木下です。
挨拶状の文面のご確認おねがいします。

「早い。ありがとう、木のし……」木下君は席にいない。タバコ?
どれどれ文面は、


謹 啓
時下ますますご清栄のことと存じます
お取引の際は お心のこもった言葉をはじめ
過分なお心配りをいただき 厚く御礼申し上げます
お陰をもちまして
令和3年6月6日
終わりとさせていただきます
株式会社 セントリー 一同

ささやかではございますが 感謝の気持ちをこめて
心ばかりの品をお届けさせていただきました
何卒お納めください
まずは略儀ながら書中を以て御礼のご挨拶とさせていただきます
敬 具

令和3年5月31日
株式会社 セントリー
◯◯ ◯◯(各人欄)


『ご清栄』って何だ?
調べると、『ご清栄は相手の健康や繁栄を喜ぶ言葉です。ご清祥は個人にご清栄は個人と企業にも使います』とある。
そうなんだ。
「あ、木下くん、文面サンキュー、あのさこれって元はなに」
「香典返しっす」
「香典返しってこんななの?句読点もないのね」
「そうなんです。他に適当なのなかったんで。もっとお祝いっぽいのがいいですか?別シートにもう一案ありますよ」
「あらほんとだ、失礼」


世界の終わりのご挨拶

〇〇株式会社 〇〇様
平素より、お世話になっております。
株式会社 セントリーの 〇〇です。

今年も残すところわずかとなりましたが、貴社におかれましては、ますますご清栄の事とお喜び申し上げます。
今年度も弊社発行カタログ「空と大地」は、〇〇様のお力添えのおかげでご好評いただき、心より感謝しております。
来年は、より一層お役に立てますよう業務に励む所存ですので、何卒よろしくお願いいたします。

なお、弊社は6月4日まで通常営業をいたします。

メールにて恐縮ではありますが、終末のご挨拶とさせていただきます。
良い終末をお迎えください。


「これはこれで…… まいっか。ありがとう」
「なんか変ですか」
「いや、終末って言葉がすごいね。漫画みたい」
「他になんて言って良いかわかんなくて」
「いや良い、おっけー、大丈夫。課長!!挨拶状!メールで送るんで見てといて下さい」
話は聞こえてたくせに何で慌てたフリしてるんだろ。まあいいや後は課長に任せよう。
「木下くん贈答品って見積もり出てるんだっけ?」
「あっと、あります。今送ります」
新人君すごい。打てば響くとはこの事だ。
他には、会社の営業日時に関するウェブサイト文言の更新を頼んでるウェブの制作会社に確認、定期契約している備品発注の中止、清掃業者へ連絡して日割りで6月の値段を交渉、備品リースの早期解約が可能か確認。どれも前任者がやったことで、関連書類を探すだけでも一日がかかりだ。細々とした雑事が尽きない。木下君がいなかったらどうなっていたか。
夜はやはり遅くまでかかってしまった。営業はいつまでたっても帰ってこなかった。


居間で贈答品の候補を選んでたら久志が帰ってきた。早い。
「あ、そう言えば、ねえあなた、挨拶状リストって間に合いそう?」と聞いたら一瞬嫌そうな目をした。見逃さない。けど、突然得意げな
目になった。どうした?
「そうだ、年賀状の住所録のデータがあるんだよ」と言ってメールを送ってくれた。
やはり忘れてたな。でも、リストがくるなら良いだろう。
「やったー、ありがとう。挨拶状の文面も考えたの。贈答品はこれね」
二人でノートパソコンを覗き込む。


謹 啓
時下ますますご清栄のことと存じます
平素は お心のこもった言葉をはじめ
過分なお心配りをいただき 厚く御礼申し上げます
お陰をもちまして
令和3年6月6日
佐々木家 一同終わりとさせていただきます

ささやかではございますが 感謝の気持ちをこめて
心ばかりの品をお届けさせていただきました
何卒お納めください
まずは略儀ながら書中を以て御礼のご挨拶とさせていただきます
敬 具

令和3年5月31日
佐々木 久志・幸子


「ちょっと硬くない?」
「微妙よね。友達と年配の人の挨拶状を分けるのも大変だし」
「そうだなあ。なんたって世界の終わりだからなあ。あんまり軽くても失礼かなあ」
「贈答品はタオルで熨斗はこれ」
「『寿』って書いてるよ?」
「熨斗だもの」
「世界が終わる時にも贈答品かな?」
「さあ。でも白黒の奴でもないし、何にも書かないのもちょっと」
「そうだな。『贈』に変えれる?」
「良いかもね。聞いてみる。皆勤賞のトロフィーみたいだけど」

世界の終わりまで何日もない。贈答品を送る相手リストを見直す。
結婚式に出てくれた親戚は香典付きで、二次会だけの人は挨拶状のみ。
旦那と私の会社の社長と上司は香典付きで、部署には小分けのお菓子がいいかしら。
旦那のお義父さんにはせっかくだからいいお酒を持って行ってあげたい。肝臓を壊してからは控えてるけど、もうそんなことは気にせず好きなだけ飲めるのだから。お義母さんには松屋の芋羊羹。歯が悪くても食べられる。そうだ、お茶も高い玉露にしてみよう。私も高い玉露は飲んでみたかった。やってみたかったことはこの際どんどんやってくべきね。楽しくなって来た。義兄さんはどうするのかしら。まあいっか。5日に二人で行くとメールしよう。ダメだったらその時考えよう。
うちの実家はその前日。久志は……
特にいいだろう。両親も久志も気にしない。
お父さんにもいいお酒を買って行っていこう。いいお肉も。そうだ、予約が取れるならホテルでご飯もいいかも。いや、年寄りはああいうところは嫌がるだろう。やっぱり慣れたお家がいいか。

あっという間に日は過ぎる。
挨拶状はなんとか送り終わった。贈答品は業者に送り先リストを渡して全てお任せ。問題は食事会。朝昼晩深夜と4件はしごした日もあった。季節外れにお盆と年末と正月が一緒に来たみたいだった。終電まで電車は混むしデパートも人でいっぱい。騒がしい一週間だった。それでもなんとか終わった。ギリギリになったけど、明日は久志と美味しいものを一日中食べて他は何もしないで過ごす。そのために予定をこなして来た。なんだって世界の終わりの日なんだから。レストランが作ってる持ち帰りイタリアンのレトルトも買ったし、ビールもたくさん。
「ねぇ久志は飲み物は何かリクエストある?」
「何の?」
「明日の。お昼ご飯は外で良いもの買ってこようと思って。生ハムとかフルーツとか。後なんかいる?」
「明日はゴルフ。その後は飲みになるから俺はいいよ。飲み足りなかったら自分で買ってくる」
「えっ?」
「何?なんか言われてたっけ?」
言ってない。約束はしてないけど。
えーっ?
そうなの?
普通こんな特別な日にゴルフに行く?明日じゃなきゃダメなの?
「ごめん。なんか悪いことした?」
「大丈夫」

朝遅くに起きたら久志はいなかった。
本当にゴルフに行ったらしい。
涙が止まらない。なんでこんな目にあってるんだろう。私が間違ってるんだろうか。あんなやつに期待した私がバカなんだろう。
泣いてたら誰か来た。久志だった。世界の最後の日くらい嫁さんと一緒にいてやれって社長に言われたって。
「こいつらは俺の家族みたいなもんだからさ。最後も一緒にいるけどお前は奥さんいるからな」と言われたそうだ。
「ごめんな気づけなくて」と言って抱きしめてくれた。本当に何も気してなかったみたい。ごまかすこともできなかった、泣いていたのがバレて恥ずかしい。でも、理由はともかく私を気にしてくれるのはやはり嬉しい。腹はたつがここは引いた方が良いだろう。それにやぱっり私は久志のことが心の底から好きらしい。
その日はなんというか、久しぶりに二人とも盛り上がった。思い残すことのない最高の世界の終わりの日だった。

朝テレビのスイッチを入れると、ニュースキャスターが「おはようございます。世界の始まりまであと七日になりました」と言う。
へ?
テレビ番組はどこも「世界の始まり」のニュースばかりだ。
「どういうこと?世界って終わったんじゃないの?」
二日酔いで気持ち悪そうな久志が起き上がって言う。
「終わったから始まるんだろ?」
「え?そうなの?じゃあ、なんのために終わったのよ」
「知らないけど、始めるために終わったんじゃない?」
「えっ?え〜〜〜?」
何これ?
どう言うこと?
ヨシエなんてもう会えないって、マスカラで顔中真っ黒にして泣いてたのに。社長だって乾杯の後、社員一人一人に泣きながらありがとうって言って、私も我慢しきれず涙が出ちゃって。
あれって、何?
「ああいうドラマッチックなことは人生には良いもんだよ。突然終わるんだから盛り上がるだろ?」
は?何を言ってるの?頭に何も入ってこない。何それ。なんなの?
「知らないわよ!何よそれ!!なんでそんな大変なこともっと早くに言わないのよ!!」
「書いてあっただろ。ホームページにも概要のページの上にでかでかと」
「何が?」
「だから世界の始まりのお知らせだよ」
「そんなの気づくわけないじゃん。世界の終わりの準備をしてたんだから。っていうか何それ?世界の始まりのお知らせって。バカじゃないの?」
「いや、普通は気づくよ。総務省のホームぺージの一番最初にばーんって書いてあったもん。嫌でも目に入るよ。赤字で罫線が引いてあったんだから」
「あのページはどこも赤字で太字で罫線も引いてあって注意書きだらけよ」
「わかったよ。新聞社のウェブサイトで特集記事をまとめたページがあったろ?テレビでも広報CMでやってたし、YOUTUBEでも広告打ってたよ」
「そんなの忙しくて見てない。ごめん。わかった。もう大丈夫。本当に大丈夫」頭がクラクラする。とりあえずシャワーを浴びよう。何が起きているのかわからなくてもいいじゃないか。世界は終わったんだから。

「おい、幸子。勝沼のおじさんから世界の終わりの梨が届いてるよ」
「なんで梨なのよ。勝沼なのに」
「知らないよ」
「毎年送ってくれてるのはぶどうよ。誰かと間違えてるんじゃない?」
「世界の始まりのダンボールもある。こっちはぶどうだった。こっちも勝沼のおじさんだよ」
「そういうこと?世界の終わりと世界の始まりで両方届いてるのね?じゃあ、世界の始まりのお礼は早く送らなきゃ。私たち世界の終わりの分しか送ってないもの」
勝沼のおじさんから送られてくるぶどうはすごく美味しい。すごく美味しいけどお礼に困る。だって、このブドウに釣り合うものはどうしても値が張ってしまうから。
その日から世界の終わりのお礼状と返礼品、そして世界の始まりの挨拶状や挨拶の品などが届き始めた。お歳暮なんかはそんなに送らないけど、最後なんだからと普段は送らない人にも送った。それが返って来たのだから、お返しの手間も合わせて大変だ。世界の終わりには挨拶したのに、世界の始まりは何もしない、というわけにもいかないだろう。世界の始まりまでは後七日しかない。会社にも当然たくさんの荷物が届いて週明けから残業が続くだろう。

またもや忙しくて日々はあっという間に過ぎていく。世界の始まりまでいつの間にか後三日に迫っていた。時間のない中でやれることはやった。久志も今回は随分率先して動いてくれてる。会社でも新人君から社長まで、一回やったからか誰も何も言わなくても準備は進んでいった。素晴らしい。人間て素晴らしい。世の中にダメな人間などいないのだ。適切な場所さえ与えられれば素晴らしいパフォーマンスを発揮する。部下もいる身としていい勉強になった。随分憤りも感じたが、今では感謝できる。ありがとう。困難は人を成長させるのだ。
だからと言って暇ではない。やることは多いし、それは家でも同じこと。
世界の終わりの荷物に加えて、世界の始まりの宅配も本格的に届き始めた。送り元ごとに親戚、会社、プライベートと山を分ける。部屋は積み上がったダンボールで生活スペースはほぼない。ハガキも届くしメールでの挨拶も通知が止まらない。さっき届いたのは銀行からの世界の始まりのお知らせで、今届いたのは緊急速報。「世界の始まりの延期が決定!」とあった。
ん?
なんだ?
なんだコレは?

メールは登録しているニュースサービスからで、携帯のキャリアの速報サービスや購読しているネット新聞からも速報が入った。その夜には政府から正式の発表があり、世界の始まりは期日は未定だが暫定的に延期。再開日時は決まり次第追って発表。というものだった。どうゆうことかはわからないが、問題はすでに届いている世界の始まりの挨拶状や贈答品だ。届いたものにはお返しはをしなくては。


世界の始まり延期のご挨拶

拝啓 時下ますますご清栄のこととお喜び申しあげます。
平素は格別のお引き立て、誠に有難うございます。

開始を予定いたしておりました世界の始まりですが、誠に勝手ながら開始を延期させていただくこととなりました。
お楽しみにされていただいた皆様には大変なご迷惑をおかけする事となり、大変申し訳ございません。

何卒ご理解のほどよろしくお願いいたします。

敬具



令和3年6月6日
佐々木 久志・幸子



「延期のご挨拶ってなんだよ。延期のお詫びだろ?」
「私たちがお詫びするの?」
「そういやそうだな。他の人はどう書いてる?」
「まだ届いてないわよ。今日の今日だもの」
「うーん。みんな様子見てるかな」
「でも、世界の始まりの送り状リストがあるから楽なんじゃない?」
「ああ、そういやまだ全部は送ってないんだよ」
「どうゆうこと?」
「送ってる途中だよ」
「途中って。普通は書いてから送るんじゃないの?」
「もう何件かは送っちゃってるよ」
「だからなんでよ」
「お前がおじさんたちだけには早めにしろって言ったんだろ。どうせ忘れるんだからとかなんとか言って」
「だったら世界の始まりの挨拶状を送ってない人は送るのを止めて、全員に延期の挨拶状を遅れば良いのね」
「誰に送ったかなぁ」
「控えてないの?」
「そっか。配送依頼の控えがあルカらわかるだろ。これで良いのかな?」
「ねえ、今メールで「延期の延期決定!」っていうニュースが来てるんだけど」
「ええ?ああ、本当だ。「世界の始まりの延期が先延ばし」だって」
「延期の先延ばしって挨拶状出したほうがいいのかしら?」
「まあ、そりゃ出したほうがいいんじゃないか?向こうだって困ってるだろうし」


世界の始まり延期の延期のご挨拶

拝啓 時下ますますご清栄のこととお喜び申しあげます。
平素は格別のお引き立て、誠に有難うございます。

開始が延期されておりました世界の始まりですが、誠に勝手ながら延期を延期させていただくこととなりました。
お楽しみにされていただいた皆様には大変なご迷惑をおかけする事となり、大変申し訳ございません。

何卒ご理解のほどよろしくお願いいたします。

敬具



令和3年6月6日
佐々木 久志・幸子


「これで良いかしら?」
本当にこれで合ってる?
「延期の延期て、とりあえず世界の始まりが始まるってことじゃないか?」
「え、どうゆうこと?」
「だから延期を延期したんだからいずれは延期するけど、今は延期しないってことじゃない?」
「延期することをとりあえずやめにして、延期が始まったらまた延期するんじゃないの?」
「だからそう言うことだろ」
うーん。そう言うことかしら。
「あ、ちょっと待ってメール。また速報が来たみたい……」



終わり

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