第1回 聖なる車たち
「ミリオネア・バイヤーズクラブ」は2022年の年末の深夜にTBS系列で生放送された、テレビショッピング風のフェイク・バラエティだ。扱う商品は高額なものばかりで、販売総額は1億7000万円を超える。スタジオには格闘家兼投資家、元ヤンの起業家、元AV女優の起業家といった「ミリオネア」たちがずらりと並んでいた。
MCは錦鯉の渡辺隆だ。緊張して固くなった身体をモーニングに包み、顔をてらてらと光らせている。MCとしての試金石となる番組なのだろうか。しかし、もし渡辺の実力を測るための番組だったのだとしたら、スリリングな幕開けだったと言わざるをえない。
シャンデリアがカットイン→渡辺「さあ、始まりました」→パンしてタイトルとゲスト陣が映る→渡辺「……さあ、始まりました、ミリオネア・バイヤーズクラブ!!」
タイミングを間違えて二回言った。はらはらした。渡辺に何の思い入れもないのに、MCへの挑戦を見届けなければという気持ちになり、わたしは自然と前屈みの姿勢になった。
最初の商品を紹介してくれるのは、エアリーに仕上げた七三ヘアの「夢グループ」社長と、アシスタントの歌手、保科有里だ。社長の提示するお得な情報に、スナック風のいでたちの保科が「すご~い」としなをつくって身体をくねらせる。愛人関係にはないと本人たちは言うが、疑う気持ちのせいで目が離せない。夢グループは、怖いもの見たさで見入ってしまう視聴者心理を狙い撃ちしている気がする。元が「有限会社あずさ2号」という芸能事務所なくらいだし、大衆の欲望には敏感なのだろう。その意味では通販事業への進出は筋が通っていると膝を打った。紹介したのは「冬のポカポカ4点セット」、お値段驚きの99万9980円。
続いての商品紹介は松竹芸能の従兄弟コンビ、なすなかにしが担当だ。なすなかにしは、この番組の直前に生放送されていた「ゴールデンラヴィット!」にも出演していた。芸歴22年目のおじさん芸人は、衣装も着替えることなくスタジオ間を走って移動していた。新型コロナウイルスの影響で撮影を欠席するさまざまな芸人の代役として露出を増やしてきた彼らは、Hey! Say! JUMPの代役まで務めたというから驚きだ。
なすなかにしが紹介したのは、ドルチェ&ガッバーナの冷蔵庫だった。青磁器風と極彩色の二種類があり、四面にルネッサンス調の装飾が施されている。冷やされていた麦茶を渡辺が飲み、
「銀座のクラブで飲んでるみたい」
と言ってひと笑いが起きた。調子が出てきたようですこし安堵する。お値段は220万円。「サーモグラフィーで見てください!」
サーモカメラで映してみれば、なすなかにしが揃って扉を開けた冷蔵庫はキンキンに冷え切って、中心部のマリアナ海溝のような深い青色へ続くグラデーションを描いていた。
最後に紹介された商品は、「ハイテク水中マシン」だ。人ひとり立って入れるくらいの深めの浴槽にランニングマシーンが付いたような構造で、水流に逆らうようにしてその場で歩くことで有酸素運動ができる。腰掛けて5色のLED付きのジャグジーとしても利用可能である。クウェートの5つ星ホテルにも置かれているらしく、お値段は驚きの1331万円だ。
この商品を紹介したのが、保阪尚希だった。かつてドラマやCMで活躍していた俳優の保阪尚希は、いまは「通販王」になっているのだ。村上宗隆は「三冠王」、高地栽培バナナは「甘熟王」。世の中にはいろんな王がいる。
通販王の通販王朝。ならば、夢グループは通販王朝では保阪の下に位置付けられるのか、それとも五胡十六国時代のように通販にも複数の王朝があるのか。『源氏物語』のような王朝ロマンスもあるかもしれない。妄想を彩るように、「ベビベビベイべ」から始まるあのメロディが脳裏を駆け抜け、BPMの揃えられたヘリコプターの音が左右にかわるがわる現れてフェードアウトしていく。
通販王となった保阪尚希はびっくりするくらい瞳が真っ黒で、光が無い。健康を目的とする商材が強みらしいが、しわが増えてたるみもあり、記憶している姿と比べてみれば、当たり前だが老けていた。弱酸性メリットのCMに出ていたことを思い出したが、よく似た別人のようにも見えた。保阪尚希を保阪尚希と判断するに足る何かが失われた気がする。通販王になるためにわざと捨てたのかもしれないそれが、いったい何なのかはわからなかった。それに、誰しもが常に変化していて、連続性がかろうじて担保されることでその人がその人たりえている、という話もよく聞く。
通販王が通販番組特有の過剰な抑揚や劇的な間を駆使して、1331万円の馬鹿げた健康マシンを紹介する。不思議と、わたしの両目には健康マシンが魅力的に映りはじめた。借金でもして、通販王に言われるがままにこの健康マシンを買って若さと健康を保てば、もしかしたらわたしは、いまのわたしのままでい続けることができるのか?
レオス・カラックスの『ホーリー・モーターズ』という映画がある。ドニ・ラヴァン扮する人物が、乞食や怪人やギャングなど、その場その場で異なるドラマの異なる役を演じる。彼はひとつの役を終えたらまたその次の役へと変わることを繰り返す。
『ホーリー・モーターズ』を直訳すれば「聖なる車たち」となる。この映画では車が印象的に描かれるが、偶然にも保阪は大の車好きで、バブル期はポルシェを何台も保有し、日替わりで乗り回していたという。
保阪は車を乗り換えるみたいに俳優から通販王に乗り換えたのだ。夢グループも芸能事務所から通販事業へ転換した。なすなかにしは求められるままに日替わりで代役をこなした。ミリオネアたちも、かつての経験を活かしながらミリオネアになった。渡辺はこの番組を機にMCへ変貌を遂げようとしている。
わたしもいつか全くの別物へと変わらないといけないだろう。いまのわたしのままでいたいと目を瞑れば、生き延びることはできない。様変わりし続ける世界のなかで、いまのままでい続けることなど到底不可能なのだ。だがその時わたしは、どう変わってしまうのだろう。瞳が真っ黒になり、顔はてらてらになるのか。「すご~い」としなをつくり、サーモグラフィーの前で冷蔵庫の扉を開くのか。そしてそれを何とも思わなくなるか、あるいは多少は違和感を覚えながらも、そつなくこなせるようになるのか。誇りにすら思うのかもしれない。
ここまで書いて怖くなり、わたしはいてもたってもいられずペーパードライバー講習を申し込んだ。まずは車を運転する感覚をつかみたかった。燕三条での合宿で免許をとって以来、十年以上運転していない。今度、川崎の教習所でこってりと絞られる予定だ。冷静さを欠いてお金を無駄遣いしただけのような気もするが、車の運転に慣れることができれば、やがて乗り換えの感覚もわかるだろう。
肩と肘をこわばらせたままハンドルを握り、ハイウェイを走る。走行音を漏らさないために設置された灰色のフェンスの向こう側に、パステルカラーのラブホテルが軒をなしているのが見える。助手席では教官が、苛立ちを隠そうともしないで退屈そうにしている。見たことのない外国の車が、猛スピードで大きな音を立て、わたしたちを追い抜いていった。そうか、あの人が、通販王。
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