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メキシコレポートDay3 @camp

 真夜中に目がさめた。まっくらで、自分がどこにいるのかと寝ぼけて動転してから、全身に残った疲労感で、そうだ、レースに来ていたんだと思い出す。そして、再び目を閉じて意識を手放そうとすると、右脚の傷が存在感を主張してきた。

 3日目のゴール後、医療スタッフにケガを診てもらい、翌日も走っていいと太鼓判を押してもらう。大丈夫だろうと思っていたものの、ためらいなく言ってもらえてホッとした。そして治療。流血の続いていた裂傷は縫い合わせることになった。あとで縫合すると聞かされて「OK」とふたつ返事をしたものの、内心ではドギマギしてしまう。なにせ初めてのことなのだ。病院に行くのがこわいから、これまで切り傷のたぐいは自然治癒にまかせていた。
 国内でも行かないのに、異国の空の下で初めての経験。それも比喩ではなく、キャンプ地での治療は、本当に空の下なのであった。

 テントの中に移動するのを待っていたが、移動するように言われた先は屋外におかれたマッサージ台だった。ここが手術室になるようだ。屋内でやった方がよいのではないか、とも思ったが、テントも医療用ではないので室内は、砂とほこりにまみれていて、それほど屋外と変わりはない。
 地の果てのようなコッパーキャニオンに入ってきて、日常と変わらぬ治療を求めるほうがどうかしている。それに、こちらとしては残りの2日間を走ることができれば問題ない。残り100kmとちょっと走る間に、ムリをしてしまうのだ。自分がきちんとしていないのに、真っ当な対応を求めてはいけない。きちんとした治療は走り終わってからでいい。

 治療用の器具を詰めた箱を持ってドクターが遅れてやってきた。ヘッドライトで傷口を照らす。箱からスポイトのようなものを取り出して、傷口を水で丁寧に洗う。その周りに選手が来て、傷口をみて痛そうな顔をして立ち去ったり、写真を撮ったりする。なにやらアトラクションのようになっていた。大きな声をあげて、痛そうなふりができれば、エンターテイナーになれるのだが、ぐっと堪えて平静を装う。実は、噴出される水の圧力が想像以上で、傷を押し開いていくので思いのほか痛かったのは、ここだけの秘密である。

 写真やメディアスタッフによる動画撮影をよそに、ドクターは周囲の反応を気にすることなく、鼻歌でも歌い出しそうな気楽さで治療を続ける。麻酔を注射して、化学繊維の糸で傷口を縫い合わせていく。麻酔が効いていて痛みはないが、引っ張られているのは感じられて不思議な感覚だった。

 傷口が大きかったので、何針も縫うと思っていたら、2針であっさり終了。感覚的にはもっと縫ったほうがいいのではないかと思う。走っていて傷が開いたらどうするんだ。「もっと縫ってほしい」という、よくわからないお願いが喉元まで出かかったところに、ほかの医療スタッフが代わる代わるやってきた。縫合された箇所をみながら、ドクターと話している。「パーフェクト」「プリティ」「エクセレント」などと、みんながほめたたえる。
 なんだろう、僕自身がほめられているような錯覚に陥ってしまう。やっぱり? なかなかいい傷跡でしょう。いやはや、それほどでもないんですけどね。縫った箇所にスマホを向けられ、撮影会まで始まった。
 カメラのフラッシュを浴び、モデルのような気分になる。実際のところ、傷を撮られているだけなのだが、悪い気はしない。先ほどまでの不安は消え失せ、いやあ、ドクターにいい仕事をしてもらったなあ。と気を良くして感謝を伝えるのであった。

 麻酔が効いていて、しばらくはそれほど痛みはなかったのに、就寝が近くにつれ徐々に傷がうずいてきた。眠ってから、深夜に痛みはピークを迎えていた。うとうとしては、また目を覚ましてしまう。熟睡とはほど遠く、休息から呼び戻されるたびに痛みは増していく。それどころか、右脚が腫れてきて寝返りを打つのも一苦労だ。
 朝日が差し込むと、夜露のように痛みも消えてくれないか。そんなことを期待してみるが、まだ真っ暗な夜明け前に、起床時間を迎え、淡い期待のほうが霧散するのであった。

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