走る民族と走ってきた
黒いサンダルがひょうひょうと駆け上がっていく。登りだけじゃない、下りもお構いなしだ。浅黒く焼けた素足にひっかけたサンダルは、彼らが走る民族「ララムリ」であることを象徴している。
僕たちが走っていたのは、メキシコ北部の険しい山岳地帯「コッパーキャニオン」。ララムリの地元だ。
四国が3つ分という広大な面積を誇る大峡谷。ひとたび深い谷に足を踏み入れると自然の過酷さを痛感させられる。獣道みたいな登山道、巨大な落石がゴロゴロ横たわっている林道、絶壁の横を貫く山道など、とてもじゃないけど生活するには適していない。
ちょっと隣町まで、と気軽に行こうとしても山道を7、8kmは歩かねばならないし、その間に何か飲み物でも買える商店があるでもない。そんな大地に、ララムリは隠れ住むようにして暮らしている。
断崖絶壁のそばに建つ家にいて、ランニングレースに出場するときだけ山をおりてくる。山中にある洞窟は、ララムリの「宿」だという。山道を通って、長距離を移動するときは、その洞窟を使って夜を明かすそうだ。教えてもらわねば気づかないが、天井には火を焚いたあとの黒いススが残っていた。
彼らの生活そのものが浮世離れしているうえに、伝統的な服装が彼らの存在感をさらに際立たせていた。あの黒いサンダルと、ゆったりとした腕周りの上着、腰に巻いたスカートという民族衣装だ。
「ワラーチ」と呼ばれるサンダルは、使い古したタイヤにナイフを走らせ、足の形に合わせて切りだしてつくられる。親指と人差し指のまた、足の内側、外側の3点に穴を開け、指をひっかける革紐を通せば完成だ。
ごくごくシンプルな作りのこの履物は、素材が古タイヤとあって、はじめは厚みがあってズシリと重さを感じる。履き込んでいくうちにタイヤは磨耗していき、最初の半分にも満たない薄さに変わっていく。
ララムリは超長距離のランニングレースに出場しては上位に入り、その名前を世界に知らしめた。そんな彼らの足には最新シューズのような、ふかふかとしたクッションはなく、路上の岩石や障害物から指を守ってくれる機能もない。
ハイテクシューズがなくとも、ララムリは飛ぶように駆けていく。科学的にトレーニングされたランナーを相手に一歩も引けを取らない。おとぎ話のような存在である。
伝統的な衣装で走るだけでなく、実はどこかの大会でもらったランニングシューズやシャツを着て走るララムリもいる。
僕たちは、履きやすさ、重さ、フィット感といろんな要素からシューズを選ぶが、彼らにとって些細な違いはあまり関係がないらしい。何を基準にして選んでいるのかと聞くと「もらったのがこのシューズだったから」とあっけらかんとした答えが返ってきた。
少しでも軽く、少しでも速く。技術の力を使って高みを目指す世界の流れとは、まったく相容れないのがララムリの存在かもしれない。技術を肯定も、否定もしない。そんなことには何のこだわりもないのだ。
そして、シューズを履いたララムリが言葉をつなげた。
「もらったから履いてるだけ。靴のよさ?この色が好きだね」と青と黄色をベースにした派手なシューズを指差していた。子どものように無邪気な返答だ。普段は無表情を貫くララムリだが、この時は少し満足そうだった。
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走る民族と走ってきた日々が放送されます。
番組 グレートレース「走る民族の大地を駆けろ! メキシコ大渓谷250㎞」
放送日時 2/2(日曜)19:00 ~20:49、NHK BS1
→ https://www4.nhk.or.jp/greatrace/
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