冨安の右SB起用は現代版リベロだから心配する必要はない

冨安が右SBをやっていることについて「本職CBなのにCBでレギュラーが取れないのでSBをやらされている」という見方がある。サウザンプトン時代の吉田がこれをやらされたことがあったので気持ちは分からないでもないが、冨安が右SBをやっているのはそのような理由ではない。冨安がやっているのは最新版のリベロと言うべきタスクであり、むしろ普通のCBより高い能力が要求される――ないし冨安の高い能力はCBとして後ろに張り付けておくのはもったいないので前に出られるポジションに置いている、というほうが適切である。これをざっくり説明する。

守備時442 - 攻撃時343の変形パターン

まずもって否定しておきたいのは、冨安がCB失格なのでSBをやっているという見方である。冨安はずっと3バック⇔4バックの変形を左右非対称の回転スライドで実現するチームで、4バック時右SB、3バック時右CBという可変ポジションを担当してきた。3バック時のための本職CBの能力も持ちつつ、4バック時にSBとして遜色ない走力をプラスアルファで求められるポジションであり、並み以上のCBであることを期待されている。

アルテタは3バックと4バックを併用します。4バックの場合、左サイドバックにはティアニーというスコットランド代表選手がいて、豊富な運動量と鋭いクロスで、攻撃面で大きく期待できます。そのため右サイドにはより守備的な選手を置き、攻撃時には可変的に3バックに変更。センターバック2枚+右サイドバックの冨安選手がスライドして最終ラインを形成する。それができる守備的なタイプがまさに冨安だったということでしょう。
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冨安が来るまで今期アーセナルの攻撃が異常に左に偏っていたというが、それはこの左右非対称の回転に由来するところが大きいだろう。

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この手の442⇔343の可変システムは昔からあり、よく見るものとしては左右対称に両SH・SBが1段上がり、AMFとDMFの1人が1段落ちる(というより攻勢になっても上がらず後ろのラインに吸収される形にし、上下動せず左右移動のカバーリングを担う)というもので、ザックジャパンのそれは日本人にもおなじみだろう。ザックが「4231と343はスタート位置の違いだけ」とよく言っていたのはこのあたりが理由である。

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3バックでリベロやSBのように振舞うCB

冨安のポジションは3バック時にはCBになるとして、守備的なポジションかと言うと、そうでもない。3バックである必要がない時にはSBとして攻撃参加するからである。

フォーメーションの数字いじりが出てくる古典的背景として、守備を堅くするためにCBの数は相手CFWより1枚多くし、ストッパー役がマンツーマン的に相手FWをチェック(チャレンジ)しつつ、抜かれたときの予備となるスイーパーを1人置く、というやり方がある。相手が2トップなら3CB、相手が1トップなら2CBで守る。これは現代でも(特にカウンター対策では)通用する部分があるし、むしろ保持して後方からのビルドアップする際に、相手のプレスを躱せる安全な球の逃げ場=トライアングルを確保する上でもこの手の数勘定が必要になっている。

3CBのチームにとっては、相手が1トップのチームでカウンター用に1人だけ前線に残しているのであれば、チャレンジ&カバーに1人ずつ充てるとCBが1人余って無駄になる。このため、普段から3バックのチームでも、相手が1トップならCBのうち1人が保持時に(ドリブルなどで)持ち上がることがよくある。それが左右のCBならSBのようになり、真ん中のCBなら(現代版)リベロなどと呼ばれるが、原理は同じである。3バック採用チームのサポーターなら各々思い浮かぶ選手もいるだろう。CB時代のフランクフルト長谷部はこのタスクでリベロと呼ばれたし、J2あたりでも甲府のエデル・リマはそういうプレーヤーだった。

冨安は3バックにスライドした時にCBとして振舞える能力が期待されているが、一方で4バックとして振舞うなら普通にSBとして走力を生かした攻撃参加もできる。3バックと4バックに両対応していることにより、相手の戦術に対して常に後出しじゃんけんで勝つことを狙えるわけである。

ただ、冨安は突破やフィニッシュの能力は限界があるので(あればガレス・ベイルのようにコンバートされるだろう)、3バックとの可変フォーメーションを使わないチームならSBはさすがにもったいない使い方ではあるだろう。

ウィング互換の古典的SB、MF互換の偽SB

サイドバックは伝統的に「第二ウインガー」として扱われることが多かった。特にブラジル歴代のSBはその特性が強くフィニッシュに優れた選手が多かったし、ベイルのように1列前にあげられたり、あるいはフィニッシュが拙いが走力があるウインガーをSBにコンバートするという例には事欠かない。

しかしながら、最近は配球役、プレイメイカーをSBに担わせることが散見されるようになってきており、冨安はボローニャでデビュー直後から両チーム最多タッチ数を記録するなどプレイメイカーとしての役割も多かった。

ボールを動かすプレイメイカーは当然ゴールに近いところに置きたいが、相手もそういう選手をゴールから遠ざけるようにする。このため、プレイメイカータイプの選手がピルロのようにボランチまで下がり、しばらく前にCMFを全員守備的タイプにしてCBのビルドアップを重視するようになり、CBへのプレスが厳しくなった今は相手ゴールから一番遠くプレッシャーがかかりにくいSBを(偽SB等で)使うケースが出てきている。このような使い方は日本人でも先例があり、例えばシャルケで怪我をするまでの内田篤人は、両チーム最多パス本数を記録したことがある。

こういった発想の極致として、攻撃時にSBをMF(インサイドハーフかボランチ)の位置に上げ、MFそのものとして振舞わせるというやり方がある。これは従来のウイング互換のSBと対比して偽SBと呼ばれる。冨安は、アーセナルではその役割を期待されているようだ。

この試合ではこまれでのようなタッチライン際での上下運動やそこからのクロスといったサイドバックとしての基本的な役割だけでなく、ハーフスペースやバイタルエリアにポジションを取り、攻撃を組み立てるシーンが幾度となく見られた。おそらくプレミアリーグで流行りつつある“偽サイドバック”としての役割を、アルテタは冨安に課していたに違いない。
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冨安獲得を決めた際のアーセナルファンのツイートでも、「偽SB度」をパスを出した時点の位置がペナ角より内側である割合(横軸)とパスを外のタッチライン向きに出した割合(縦軸)で測った時、冨安のそれは偽SBを作ったペップの教え子に匹敵する数字であることが示されている(上記記事では「不慣れな“偽サイドバック”」としているが、ボローニャでの本職が偽SBである)。

ご存知の通り冨安はボランチとしてプレーしたことがある程度には足技や視界の広さも持っており、自陣ではDF、押し込めばMFとして振舞う偽SBの役割にはうってつけの人材である。

ただ、この時もCB⇔MFを行き来する長谷部のようなタスクではなく、SBとしても振舞う。例えば相手1トップに2CBをつけて守っている場合、相手はこれを攻略するのに快速ウイングを置いてサイドを抉ってくることを狙ってくる。これを防ぐのは快速SBの役割だが、冨安のスプリント速度なら十分にそれが務まる。また攻勢時にも、スライド変形の仕組み上右アタッキングサードに侵入する役割の選手が曖昧で、冨安がフリーなら普通のSBのようにオーバーラップしてクロスをあげる場面もある(=1/8回転スライドを警戒している相手の意表をついてサイド上げスライドで343に変形する)。

なお、最初の試合で「CBのホワイトが冨安にパスを出さない」といった話題があったようだが、ボローニャ時代を知るファンからすれば「冨安がプレイメイキングできるのを知らないのでは?」と思った、というようなところだろう。しかしチーム全体としては1人に頼ると「1人を徹底マークすれば終わり」となるので、そうならないよう複数の起点を作って相手に的を絞らせない工夫くらいは普通にして当然ではあり、ホワイトも冨安もどちらも縦にパスが付けられるのならそのほうが良いに決まっている。そもそもアーセナルの攻撃が詰まりがちだったのは左一辺倒で相手にとって守りやすかったからであり、相手に絞らせないために前進起点は多いほうがいいのである。

まとめ

サイドバックは相手ゴールから最も遠く、自ゴールからもCBより遠いゆえ、軽んじられることもあるポジションである。フィニッシュの弱いアタッカーがコンバートされて「予備ウイング」的に扱われることも多かった。しかし、それは翻って、現代のキツキツに役割が設定されセンターラインは肉弾戦ができてナンボの時代にあって、最も柔軟性と創造性を与えられる場所として再解釈され、「なんでもできる」上手い選手を置いてチームの総合力を高める使い方も模索の過程にあると言っていいだろう。

ただ、それだけに選手に求めるものも多くなる。3バックにも4バックにもなり速攻サイド抉りもしたければ保持して球回しもしたい――こんな贅沢な悩みにこたえるには、冨安レベルのギフテッドな選手が必要と言うことだろう。逆から見れば、CBとしてプレーできる高さと強さ、SBとしてプレーできる快速、MFとしてプレーできる足技を兼ね備えたギフテッドな才能を無駄なく生かそうとすると、2トップ相手には3CBの一角のように振舞い、1トップ相手には偽SBとして攻撃時にMF・被カウンター時にSBのように振舞うタスクを与えることになる。

冨安を上記のように使い始めたのはシント=トロイデンの2018-2019シーズンの監督であるマーク・ブライスで、それ以降、ボローニャのミハイロヴィチ/サバティーニはそれがやりたいがために冨安を取り、加入1年目ですでに「戦術冨安」に近い状態に仕上げたことは、数々のインタビューからも分かる。そしてアーセナルのアルテタも同様の理由で取ったという記事が出ている。

右SB起用を「CB冨安のすごさを分かっていないから変な位置に置いてしまった」とする意見も見るが、実は右SBが「現代的リベロ」の役割として冨安のポテンシャルをより引き出してやれる使い方である、ということを知っておいてもよいだろう。もっとも、あまりに「戦術冨安」過ぎるので、代わりを見つけづらい代表ではこれを採用するのは難しいかもしれないが。


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