第四十九回 打球速度とバットスピードは相関するか(2024年5月17日)

MLBのStatcast Savantが、バットのスイング速度や軌道のデータを公開するとともに、バッティングを測る新しいデータの指標を幾つか提案してきたようです。MLB.comでは、「Everything to know about Statcast's new bat-tracking data/ 新しいバットのトラッキングデータについて、知っておくことの全て」と題して紹介し始めました。記事のURLを貼りましたが、リンクが外れた場合にもわかるようにPDFをアップロードしておきます。

これらが本当に知っておくことの全てかどうかは別にして、膨大なデータを集めて統計分析し、結果を自分の頭で考えて良いと思う事を新たに提案をしてくるというところはいかにもアメリカらしく、良いと思います。
あらかじめ答えが用意されている問題は解けても、答えのない未知の環境を開拓していく作業が苦手な人は大いに見習うべきでしょう。
提唱者は、Mile Petrielloさんという方で統計のアナリストのようです。

(Mike Petriello is a stats analyst for MLB.com, focusing on Statcast and Baseball Savant, and is also a contributor to MLB Network.)

しかしこの記事は、捻りモデルのメカニクスから見ると、冒頭から「バットのスイング速度が速い方が打球速度が上がる」という説明が頭ごなしに展開されていて大いに違和感があります。
記事を読んだ若い世代が、第六回で紹介した「回転モデルの罠」に落ちる恐れもあること、データの解釈に些か強引な箇所が散見されると思われること、また同じデータを見ながら全く違う解釈ができるという事を示せる面白い例でもあるので、MLBの新指標について捻りモデルの立場から考察した意見を書いてみようと思います。
各々説明の根拠については、該当する過去記事を示しながら進めるので説明について「なぜ」と思う方は、リンク先の記事をご参照ください。

さてこの記事では、冒頭に何人かの選手のコメント紹介した後で高らかに下記のように宣言しています。まるでバットのスイング速度を上げるのが絶対だと言わんばかり。Mikeさんは捻りモデルについては、ご存知ないのでしょう。

Clearly. Hitters have wanted to have a quick bat since essentially the day a 19th-century striker first picked up what passed for a bat in those days. It’s not terribly surprising to learn that batters would like to swing hard, when they can; after all, a fast swing will transfer more energy to the baseball, and you generally want the baseball to move fast and go far. If pitchers keep working to increase the velocity of their fastballs, why wouldn't batters do the same in response?

バットスピードを上げるのは当たり前と言わんばかりの書き出しです。
この後いよいよ具体的に、新指標の紹介に入っていきます。

1.MLBは何を測定したのか
誤解の無いように、記事を抜粋しながら進めます。何を測定したのかについては次の通り。

In each of the 30 Major League parks, there are five high frame-rate Hawk-Eye cameras, which help us track not only the speed of the bat, but also the path it takes and its location in physical space, as well as in relation to the ball coming toward it.
The speed of the swing is measured at the sweet spot of the barrel, approximately six inches from the head of the bat, and this is an important distinction, because the different parts of the bat move at different speeds. Since this is where the batter is generally trying to hit the ball anyway, and it’s the industry standard, it’s what we’ll use here as well.

メジャー30球場に設置したカメラを使って、打者のバットスピード、バット軌道、投球との関係を追跡。バットスピードについては、スイートスポット(バットの先から凡そ6インチ/15.24cm)のスピードを測定したとのこと。これは、Industrial standardだそうです。
スタントン選手が、83.7mph (134.7 km/h)のスイング速度で119.1mph (191.7 km/h)のホームランを打った時の様子は、実際の映像と共にこの様に紹介されています。

Giancarlo Stanton home run, May 9, 2024

バットスピードが重要という主張の後で、スタントン選手の豪快なホームラン映像にホークアイカメラの映像を解析したシュミレーション映像を見せられると圧倒されます。
しかも納得がいかない人に向けて新たに6つの指標/metricsとして、Bat speed, fast-swing rate, squared-up rate, blasts, swing length, and swords を提案してきました。

記事全体の説明からこれらは、回転モデル理論(Rotational model)に基づいて考えられ、MLBが提案してきた新しいバッティングの指標であると考えて良いでしょう。

ここで試しにMLBの新指標と捻りモデルのチェックポイントを並べてみましょう。

(MLBの新指標)
・ Bat speed
・ Fast-swing rate
・ Squared-up
・ Blasts
・ Swing length
・ Sward

捻りモデルのチェックポイント 第四十三回
・ インステップと股関節可動域
・ バットを引っ張っているか
・ へそベクトル
・ コンタクト時/フォロースルーのバットスピード
・ 体重移動

こうして見ると、まるで私が提案した捻りモデルのチェックポイントに対抗して、MLBが回転モデルに基づいた新たな指標をぶつけてきたようにも見えてきます。考えすぎでしょうか。

2.Bat speed (バットのスイング速度)
捻りモデルのメカニクスからは、バットを少し振りだしたところで力が最大になり、バットのスイング速度が最大になるのはフォロースルー近辺です。
ですからバットののスイング速度を測定するとなると、MLBがどの時点で測定しているのかは気になります。
投球速度とスイング速度から打球速度を計算するとしているので、恐らくミートした際のバットスイングを測定していると思われます。
(空振りした時のバットスイングも入れると興味深いのですが。)

Bat speedについて

バットスピードについては、全てではないが重要な指標だとし(これは科学的説明によればと訳するのか)as the science goes バットスピードが1マイル/時増す毎に6フィート飛距離が伸びると書いています。

This is the obvious baseline, like fastball velocity for a pitcher. It’s not everything, but it’s important. As the science goes, on balls hit in the air, every 1 mph of bat speed earns you approximately six more feet of distance, which is enough to turn a warning track flyout into a home run -- which is wildly valuable.

バットスピードから飛距離を計算できるような書き方であり、6フィートの根拠は、次回また紹介する2018年のMLBのレポートの記載(5.8ft)とほぼ同じなので、回転モデル理論に基づく計算と考えて良いと思います。

次に選手の「バットスピードの平均値」として、各選手のスイング速度の90%平均を並べてみたところ、全体の平均は72mph (115.9 m/h)とのこと。

A player’s seasonal ‘average’ is taking the average of the top 90% of his swings, because we’re just not that interested in what happens on check swings or bunts, at least for this purpose.

最もバットスピードの速いスタントン選手と最も遅いアラエス選手との差は、20mph (32.2 km/h)の差があり、バットスピードの速い選手を並べてみると、予想通り納得できる選手の名前が並んでいるとしています。

The average swing is 72 mph, and the spread here is approximately 20 mph from slowest (Luis Arraez, 62 mph) to fastest (Giancarlo Stanton, 81 mph), with the most “average” player here being something like Ke’Bryan Hayes or Edouard Julien. For the most part, the top and bottom of the leaderboards for batters will be full of very satisfying and expected names.

更に「データから明らかだ」として次の数値を上げて、バットスピードを上げると強い打球を打つ割合が増えて、打率やwOBAといったチームの得点への貢献度を示す数値が大きくなるとのこと。

a) 80+ mph bat speed

  • .321 BA / .665 SLG / .419 wOBA

  • 52% hard-hit rate / +2 run value per 100

b) 70-79 mph bat speed

  • .274 BA / .477 SLG / .322 wOBA

  • 46% hard-hit rate / -1.5 run value per 100

c) 0-69 mph bat speed

  • .202 BA / .254 SLG / .205 wOBA

  • 29% hard-hit rate / -4 run value per 100

ここまで読まされると、私もバットスイングの速度を上げてみたくなってしまいます。

バットスピードについては最後に、スイング速度が遅くてもホームランになった例を2例挙げています。

The average home run bat speed, for what it’s worth, is 75 mph. When we checked, it was more than a little pleasing to find that that the two slowest home runs swings so far came from A) the pull-hitting king who breaks all our models -- in Coors Field, of all places [63 mph, Isaac Paredes, April 6], and B) a classic Yankee Stadium short porcher off the foul pole [63.1 mph, Jose Trevino, April 25]).

バットスピードだけを考慮する回転モデルは、なぜ遅いバットスピードでホームランが打てたのかを説明できないはず。その為か、怪しげなSquared-upという指標を提案していますが、このSquared-upという話については、後ほど考察しようと思います。

3.捻りモデルから考察するMLBのBat speed
それでは、捻りモデルのチェックポイントの観点から、MLBの新指標について考察していこうと思います。
MLBの根拠になっている回転モデル理論(Rotational model)の考え方や、数値の処理の仕方などについては次回書こうと思うので、ここでは打撃のメカニクスの面からBat speedついて考えてみたいと思います。

回転モデルというのは、バットのスイング速度を上げれば打球速度が上がると考えるモデルで、日本の感覚ではバットをブンブン振り回せばよいのかと考えがちで、その結果大振りして打てなくなりコンパクトに打てとなり、時にスランプに落ちいる問題については以前説明しました。(第六回 大谷選手のスランプと回転モデルの罠

しかし米国のコーチが教える回転モデルというのは、どうも話を聞いていると「上半身を回転させながらバットを振っていく動作」と捉えており、ベースとして頭にあるメカニクスに違いがあります。このベースにある打撃動作は、もともと捻りモデルの動作に近いのですが、課題としては上半身と一緒にバットを回転させてしまう例が多く、その場合は体幹からの力が落ちるのでバットを引っ張るなどして体幹にエネルギーを溜める動作が必要となってきます。(第四十回 ヌートバー選手のパワーアップとか

MLBのバットスピードランキング上位に出てくる選手の多くは、体幹にエネルギーを溜める動作が出来ていて、捻りモデルのチェックポイントを満たしている選手ばかりに見えます。
彼らが強い打球を打てるのは、バットスピードが速いからというよりも、まず前提として体幹からボールに力を加える要件を満たしているからと考えます。
それではMLBの言うバットスピードが速いという指標は、何を意味しているのでしょうか?

4.MLBのバットスピード示す二つの指標
捻りモデルのチェックポイントを全て満たしているという前提で考えるバットスピードのメリットは、次の二つだと考えます。

a) ボールを見極めてバットを振り出し、コンタクトするまでの時間が短い。

捻りモデルでは、股関節可動域が大きく体幹に力を溜めることができる選手ほど、打つと決めてからインステップし、上半身を打つ方向に向けてバットを引張りコンタクトするという動作を短時間でできると予想します。
その場合でも、インパクトで体幹からの力が大きくなるような動作でないと、2020年の大谷選手のようにスランプに陥ることでしょう。

また体幹の力をメインに動作して打つにしても、少しバットスピードがあってバットの運動量がある方が、詰まった感覚がなくボールを押し込めるのかとも思います。

b) スイングの違い

捻りモデルのメカニクスでは、体幹のエネルギーがバットを動かし続けていくと動作の前方、フォロースルーあたりでスピードが最大になると予想します。MLBの新指標の一つに、Swing lengthという指標がありますが、これと併せて考えると、結果として打撃動作の違いがバットスピードの違いとして表れているのがわかるでしょう。

・Swing Length (スイングの長さ)

下記が実際の測定例で左がバットスピードが最も速いスタントン選手9.7フィート(2.96m)、右が最も遅いアレアス選手のもの4.4フィート(1.34m)との事。

スタントン選手は、かなりライト側を向いてインステップし、インサイドアウトスイングの後半バットスピードが速くなるところでミートする打ち方をしているというのがわかると思います。
それだけスタントン選手の方は、体幹がボースに及ぼす力の割合は小さくなり打球速度は小さくなるはずですが、捻りモデルのチェックポイントは満たして打つことができるので強打が多いものと考えます。

5.バットスピードと打球速度は相関性があるか
回転モデルの立場からは相関性があるとなりますが、さてそれでは最も平均バットスピードの速いスタントン選手の打球速度は、平均的に速いのでしょうか?MLBのデータを見てみましょう。Exit Velocity & Barrels Leaderboard

幾つか特徴的な例を挙げて比較してみました。
膨大なデータは統計的に処理され個別の事情を見るわけではないので、バットスピードと同様に打球速度も平均値を比較してみるとスタントン選手の平均打球速度が最速ではありません。
また下記の平均打球速度22位、78位、123位の選手の平均バットスピードは、75.7 mph (121.8km/h)と同じで大谷選手より少し速いくらいですが、平均打球速度にはバラツキがあるのがわかります。

1位 Aaron Judge
平均打球速度:96 mph (154.5km/h)、平均バットスピードは7位: 76.5 mph (123.1km/h)

4位 大谷翔平
平均打球速度:94.8 mph (152.6km/h)、平均バットスピードは18位: 75.4 mph (121.3km/h)

17位 Giancarlo Stanton
平均打球速度:93.2 mph (150.0km/h)、平均バットスピードは1位: 93.2 mph (150.0km/h)

22位 Yordan Alvarez
平均打球速度:92.8 mph (149.3km/h)、平均バットスピードは11位: 75.7 mph (121.8km/h)

78位 Willson Contreras
平均打球速度:90.3 mph (145.3km/h)、平均バットスピードは12位: 75.7 mph (121.8km/h)

123位 Mike Trout
平均打球速度:89.2 mph (143.6km/h)、平均バットスピードは13位: 75.7 mph (121.8km/h)

あくまで統計的平均値の比較でしかありませんが、この結果からバットスピードと打球速度が絶対に相関していると主張するのは、少々無理があるように見えます。
データが増えるにつれて従来の回転モデル理論では説明できない現象とともに、バットのスイング速度と打球速度に相関がないことを示すことになるでしょう。

回転モデルで説明できない現象は、捻りモデルで説明できるのですがMLBは、この記事の書き方にしても他の新基準にしても、MLBは回転モデル理論を頭から信じ込みすぎていると思います。

次回は、記事の中で具体的に挙げられている数値をもとにSquared-upとかBlastといった他の提案を考察しながら、回転モデル理論にほころびについて考えてみようと思います。







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