第五十回 回転モデル理論の黄昏/ 消えた係数0.45の謎 (2024年5月19日)

前回に引き続きMLBが提唱し始めた新しい打撃指標について、MLB.comの統計アナリスト Mike Petrielloさんが説明している記事 Everything to know about Statcast's new bat-tracking dataの記載について、捻りモデルの立場から考察していこうと思います。今回は特に、Square-upとBlastという提案について考えてみたいと思います。
これらの指標は統計データから自然と導かれた指標というよりは、力学的根拠が曖昧で感覚的であったり、既にある計算式(恐らく回転モデル理論の計算式)をベースに出した値を重ねて計算するといった方法で出していたり、率直に言って曖昧で注意が必要な指標だと思います。

1. 回転モデルの計算式
それではなぜその様に考えるか説明する前に、回転モデル理論が提唱していた打球速度の計算式について紹介しようと思います。

ちなみに私は、運動量というのは方向を持った物理量なので左右別の方向からボールとバットが衝突した場合の前後では、運動量は保存していないと考えるので、この計算式が実際の打撃に当てはめられると考えていません。

それはそれとして、回転モデル理論の考え方を知るには、第十六回 楽しいフライボール革命で紹介したMLBのレポートが参考になるでしょう。

錚々たるメンバーが集まって作成したレポートで、作成も2018年5月と比較的新しいので、参考になると思います。

回転モデルというのは昔からあるバットの運動量だけを考慮する打撃理論で打球速度は、バットのスイング速度、投球速度、ボールの反発係数だけで計算できるとします。
捻りモデルとは考え方が「約90度」違いどちらかが間違っています。第二回捻りモデルと回転モデル

この打球速度の計算式は、Appendix Aに記載されています。

難しそうな式ですが、実はかなり単純で、式(2)のqに0.16を代入して投球速度とバットのスイング速度を掛けるだけです。簡単なので是非やってみてください。
係数qを計算する式が(3)ですが、MLBの選手がスイートスポットで打った時の反発係数 eが大体0.45で、ボールの質量mと打撃に寄与するバットの質量の比 m/Mがおおよそ0.25を当てはめるとのこと。これらを代入するとqが0.16になります。

2. 計算式の考え方
どのようにして上記計算式が出されてきたかについては、SABRの機関誌Baseball Reserach Journal 2010に発表された論文(Properties of Baseball Bats, Ben Walker, 2010) に、わかりやすい説明があったので紹介しましょう。

小さくて見にくいのですがこの式は、要は左辺が衝突前のボールとバットの運動量の合計で、右辺が衝突後のボールとバットの運動量の合計が同じで保存すると考えた計算式です。

ここで求めたいのが打撃後のボールの速度で、ボールとバットの反発係数Cを導入して打撃後のバットの速度を消したのが上記の式です。
投球の向きと打球の向きが反対なので、打撃前の投球速度をマイナスにして式を変形していくと、Appendix A (3)の式が出てきます。

Appendix A (3)の式中のeは、反発係数ですが単純に測定した反発係数COR (60mph/96.6km/hで固定板にぶつける試験)とCOOR(120mph/193.1km/hで固定した半円形材にぶつける試験)では数値が異なります。
どういう事かというと、何かにぶつけて跳ね返る割合を測定するので、ぶつける速度やぶつける相手が変われば数値が変わるという事です。
レポート中のCOR測定値は、中心が0.56辺り。

CCORが0.489弱。

実際の野球における打撃における反発係数としては、Appendixでは大体e=0.45を適用すると記載していると書いています。

3 スイング速度と打球速度
捻りモデルの考えは打撃で最も支配的なのは、選手がバットを通じていかにボールにエネルギーを伝えることができるか(仕事ができるか/力積を咥えられるか)で、それはAppendix A (3)の式には出てきません。
ですからホークアイカメラなどでバットのスイング速度や打球速度などの詳細なデータが得られるようになれば、回転モデルの不具合が明らかになると考えていました。

ですから、Everything to know about Statcast's new bat-tracking dataの中で私がまず注目したのは、実際の測定データについて述べられていた箇所です。抜粋して実測値とAppendix A の(2)と(3)の式の計算値を並べて見ましょう。
反発係数はe=0.45、係数qはレポート通り0.16を使って計算します。

a) De La Creuz : 投球速度 93.6mph/ スイング速度 77.3mph/ この時の打球速度 112.3mph、計算値:104.64mph

b) Luiz Arraez : 投球速度 89.1mph/ スイング速度 66.4mph/ この時の打球速度 98.0mph、計算値:91.28mph

c) Luiz Arraez : 投球速度 88.2mph/ スイング速度 57.0mph/ この時の打球速度 89.9mph、計算値:80.23mph

スタントン選手の測定例もありますね。投球速度はビデオで確認できます。
d) Giancarlo Stanton : 投球速度 79.0mph/ スイング速度 83.7mph/ この時の打球速度 119.1mph、計算値:109.73mph

いずれも計算値による打球速度と実測値に結構な差があり、計算式の前提である「運動量保存則」が働いていないようです。
しかもそれが実測値の方が計算値よりも大きいとなると、他の力の作用が働いていることを示唆しており、投球とバットのスピードだけで打球速度を計算する回転モデルの考え方では、なぜ遅いスイングでこれだけの打球速度が出るのか説明できません。
いよいよ回転モデルを支持してきた研究者も年貢の納め時で、捻りモデルを真剣に検証する時がやってきたようです。

しかしここでMLBが出してきたのが、Squared-upという〇〇な指標でした。〇〇に何を入れるかは、皆さんそれぞれで考えて見てください。

4 回転モデル理論のウルトラC - Squared-up rate
Squareの意味はなかなか幅広く、四角、直角、まっすぐ、数値の二乗など、わかりにくいです。私は文章全体の文意から「バットのスイートスポットに直角にボールをミートする」という意味と捉えましたが、それだけで遅いバットでも打球速度が速くなると主張するなら、回転モデル賛同者からも異議が出てるでしょうから、まずはSquared-upの定義を読んでみましょう。

This one’s for you, contact hitters of the world, because this one tells you how effective a hitter is at actually obtaining a swing’s maximum exit velocity, based on what’s possible considering the speed of the swing and pitch. (Like with exit velocity, the batter is responsible for something like 80% of that.)

打者がどれだけ効率的に「投球速度とスイング速度で得られると考えられる最大の打球速度」を得られるかを測る指標のようです。
しかしこの「投球速度とスイング速度で得られると考えられる最大の打球速度」とは、どうやって計算するのでしょうか。MLBなど回転モデルの支持者は、もちろんAppendix Aの計算式を使うはずです。
ここでDe La Cruzの実測値が出てきます。

For example, when Elly De La Cruz smashed this homer last month against Milwaukee, he swung at 77.3 mph against a 93.6 mph pitch. The maximum exit velocity he could have generated there was 114.8 mph and he actually generated 112.3 mph, so that’s 98% squared up -- which really can only happen in the sweet spot of the bat.

投球速度 93.6mph/ スイング速度 77.3mphで最大可能な打球速度が114.8mphなので、実測値112.3mphなので、112.3/114.8 = 97.8ということで、Squared-up率が98%だと説明しています。

ちょっと待った。投球速度 93.6mph/ スイング速度 77.3mphでは、打球速度の計算値は104.64mphだったはずです。最大可能な打球速度が114.8mphは、どこからやってきたのでしょうか。
実は、Luiz Arraezの実測値も遅いバットスイングの例としてここで出てきます。

When Arraez singled off Camilo Doval in April, he put a 66.4 mph swing on an 89.1 mph pitch, so while his slow swing limited his maximum exit velocity to 100.1 mph, the fact that he actually got 98 mph out of it means that he, too, was 98% squared up.

投球速度 89.1mph/ スイング速度 66.4mphでは、打球速度の計算値は91.28mphだったはずです。最大可能な打球速度が100.1mphに増えています。

計算式でこれだけだ球速速度が上がるようにするには、係数qを0.22か0.23まで上げなければいけません。2018年以降MLBは飛ばないボールを導入していることを考えれば反発係数も上げるということは不自然ですが、qを0.22くらいにするには、ボールの反発係数を0.45からもっと高く、CORの測定値をそのまま入れて0.53くらいにしないといけません。
確かにこれくらい高くするとバットスピードの遅い選手の打球速度についても、計算値が実測値を僅かに上回るようになりますが、この補正はちょっとやり過ぎでしょう。

参考までにNPBでは、反発係数の測定方法が米国とは異なるようではありますが、下記2015年2月3日の情報との変わりないとのことメーカーに確認しました。NPB公式球の反発係数は、0.4134を目標値としているとのこと。

「2015年2月3日 統一試合球に関する規則改正について
 日本野球機構は3日、プロ野球試合使用球に関する規則(セ、パ両リーグのアグリーメント=申し合わせ事項)の2月1日付けでの改正を発表しました。 これまで平均反発係数の基準値を「0.4034~0.4234の範囲内」としていたところを「0.4134を反発係数の目標値とする」と改めたほか、統一試合球の納品前規格検査の実施手順などが定められました。」

さて打球速度とバットスピードを正確に測定できるようになれば、回転モデルの不具合が見えるようになると予測していた私としては、今回MLBが発表した打撃の新指標のうち少なくともSquared-upとBlastについては、回転モデルの不具合を説明するために強引に組み込んだようにしか見えません。
MLBは、係数をどのようにして「投球速度とスイング速度で得られると考えられる最大の打球速度」を計算しているのか説明する必要があると思います。日本の学会でも研究者は戸惑っているのではないでしょうか。
仮に回転モデル理論に固執して、統計的にはともかく理論的に不透明な指標を追加するなど、また今までの係数をいじることで実際の現象を説明するようなことがあるならあってはならない事だと思います。

MLBはどうやらこれら新指標で進むようですが日本では、研究対象をスピードではなく力にシフトして、選手がより大きな力を発揮できるように育成に力を入れることを提案いたします。
(第三十一回 捻りモデルから考える運動能力を開発する方法 Part 2)

次回は、MLBから提案されたもう一つの指標であるBlastに関連して、運動量保存則とは関係のない単純な打球速度についての考え方を提案したいと思っています。



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