第十六回 楽しい「フライボール革命」前編 (2021年1月27日)

今回は、いわゆる「フライボール革命」について考察しようと思います。
「フライボール革命」と聞くと「ボールの下を打ってフライを打つように心がけたら打撃が良くなったと現象」という認識を持っている方が多いように思います。

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テレビでもこのような映像が流され、ホームランが出やすい角度を「バレル」という名称で紹介していました。「そうなんだ」と幾分半信半疑で終わってしまいそうな話ですが、「フライボール革命」を巡る議論の面白さは、そのような所にはありません。
「フライボール革命」については、2015年のオールスター前と後で、突然ホームランが増えた「謎の現象」についての議論と併せて考えるのが面白いと思います。

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この図は、2018年に発表されたレポート Report of the Committee Studying Home Run Rates in Major League Baseball から引用したものです。リンクが切れているようなので、ファイルを貼っておきます。

上図では、2015年オールスター前 (2015 a)と2015年オールスター後 (2015 b)で、明らかにホームラン率(ホームラン数/ 何らかの結果が出た打球の数 x 100) に上昇が見られます。この現象についてレポートでは、"The increase in home runs between per-ASG(*All Star Game) 2015(2015g) and post-ASG(2015b) do not follow the pattern of subsequent increase"と結論付けています。つまり2015年のオールスターゲームの後で、不自然にホームランが増加したということです。

この様な統計的に不自然なB-jumpが見られた場合は、通常は意図的な操作や物理的に明らかな変化が存在したことが考えられます。
そこで「フライボール革命」と言われる現象であるとか、ボールが「飛ぶボール」に変わっていたのではないかということを調査するためのCommitteeが設立され、詳細な調査を行ったというわけです。

それでは、このレポートにおける「フライボール革命」についての結論はどうだったのでしょうか?レポートでは、この様に記載されています。
"Suggestions that changes in batter behavior (e.g., "pull hitting" or trying to hit the ball at a higher launch angle) might be contributing to the surge are not borne out by the StasCast data. There has been no significant change in these aspects of batter behavior that correlates to an increase in home run hitting."
つまり「フライボール革命」で言われていたような、意図的に角度をつけて打つという動作は、ホームランの増加とは関連付けられなかったということです。

これは考えてみれば当然のことで、打球の飛距離は角度だけで決まるものではありません。ホームランが増えたという事象については、むしろ打球速度が増えたかと考えるのが筋でしょう。
「抵抗」を無視しても角度と打球速度がなければ、飛距離の計算はできません。Committeeもその辺りはわかっており、ホームランが出やすい領域を、「バレル」という曖昧な表現ではなく、打球角度と速度の両方で定義したred zoneとして、次のように記載していました。
Practically all home runs occur for launch angles between 15 and 45 degrees and exit velocity between 90 and 115 mph. We will refer to this region as the "red zone" for hitting home runs. 
概ね全てのホームランは、打球角度が15度〜45度、打球速度が90〜115 マイル/h (145〜185km/h)に収まっているので、これをレッド・ゾーンとするということです。

こうした感触を遊べる Projectiles with air resistance というサイトがあるのでご紹介しましょう。リンクを貼っておきます。
打球速度を一定にして打球角度を帰ると、どのように変化するかシュミレートできます。下記は私が遊んだ例です。

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青色で記されている、抵抗が存在しない場合の飛距離が非常に大きいことに驚かされます。

さて、2015年オールスター後からホームランが増え始めた原因について、左右、上下の打球角度の違いによって、ホームランが増えたという仮説、いわゆる「フライボール革命」についてCommitteeは否定しました。それでは何が原因だったのでしょうか?

残るはボールです。このレポートの後半では、Rawlingsのボールの反発係数であるとかシームの高さなどについて、年度毎や製造ロット間での誤差やその割合などについてまで、実に詳細に調べています。しかしボールについても、疑わしい事例は発見できませんでした。結局メディアでは、次のように報道されていました。

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こちらは英文の報道です。

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シュミレーションでわかる通り、確かにわずか何らかの「抵抗」が減ることがあれば、飛距離は大きく伸びることでしょう。
しかしこのレポートは、冒頭に記載のFindingsだけを読んでも実に歯切れが悪い内容でした。

ホームランが増えた原因について具体的に指摘せず、曖昧な"carry"とか"drag"という表現を使いながら、「ボールに変化はなかったが、"better carry"によって"drag"は減ったのでホームランは増えた」というような書き方をしています。
ここで後編に向けて、「捻りモデル」の観点から注目した箇所を抜き出してみましょう。

1)  "carry" for given launch conditions の説明について、exit velocity, launch angle, spray angleと記述している。

2) StatCastによると、"drag"の減少というよりも、打球速度の増加が見られたが、それはボールの反発係数の増減パターンと異なっていた。

3) StatCastのデータによると、2015bに始まったホームランの増加は、殆ど全てbetter carryによるもので、反発係数の増加による打球速度が増加したものではないと述べている。

左右上下の打球角度および打球速度が増加したものではないが、"carry"が良くなったとは、何を言わんとしているのでしょうか?
とにかく2018年のこのレポートでは、"carry"が良くなったのは何らかの理由で"drag"(抵抗)が減少したことが理由でホームランが増えた。しかしなぜ"drag"が減少したのか良くわからないと結論が出され、歯切れが悪いものの一件落着したように思われました。

しかしこの問題は、これで終わりませんでした。なぜならホームランは、その後も増え続けたからです。

後編に続きます。

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