2020.11.21<今日のカヤノ>

朔さん、あおくん、お疲れ様。今日も一日が終わるね。

今日のカヤノはね、お昼前に以前お世話になっていたコワーキングスペースに行ったの。もしかしたら朔さんがそこで仕事しているんじゃないかって思ったし、久しぶりにご挨拶したいなあって方もいたから。18時ごろまでライティングしたり、ブログの内容分析したり、考察したりしていたの。充実していた…というよりも、メンタルが病まなかった。今日が晴れだったからっていうのもあるけれど、でも、それ以上に家に帰ってきたときに感じている。そして、男はつらいよを見ているときに感じて、今こうしてPCに向かっているときにまた感じている。

どうやら私は暇があると病んでしまうみたい。自分がわからなくなるの。忙しくしていたほうが安定する。家に帰ってオンラインにしても珍しく依頼がなくて、オンラインのまま男はつらいよを見ていて、そうしたら、なんだか不安になってきて「ああ、明日の低気圧のせいかな」とも思ったけれど、こうして今PCに向かっていたら全然安心で。

おかしいの、男はつらいよを見ていた時、また群れを思い出した。大好きな男はつらいよを見てげらげら笑っていたのに、またトラウマに戻るところだったの。

私はもっともっと朔さんに教えてほしいことがある。それは内面だったりブログについてだったり。たぶん朔さんを見ていれば私は学ぶことがたくさんあるんだと思う。あおくんはあおくんで謙虚な人だけど、あおくんの姿勢も本当に学ぶものが多い。

このご時世、世の中も群れたちもきっとコロナに集中してる。思いやりをもってたくさんの言ってはいけないルールみたいなものが形成されていると思う。私たちは思いやりはもっているけれど、だからといって思いやりの証明が閉口することじゃないわけで、私たちはありがたいことに健康なんだからできることをすべきだし、そのためにはポジティブが必要で、閉口して立ち止まるくらいなら、コロナで大変な思いをした人たちが復帰したときにいつでも日常を取り戻せるように整えておいてあげる役割を今担っていると思うの。カヤノはそういう考えだから、朔さんにここに連れてきてもらって本当に良かったと思っている。カヤノのポジティブは今群れにも世の中にも不必要だと思うし、カヤノのポジティブは今こそ朔さんやあおくんに必要だって思っている。だって働くから、ふたりとも。ありがたいことに今働けるから私たち。できる人たちのできることを「できない人を思いやれ」っていう変な慈善団体や同調圧力のために、今できる人たちがやらないように足並みを合わせるのは世の中のためにならない。カヤノはそう思うの。だから、あまり朔さんやあおくんには、もっといえばツイッターで仲良くしてくれている人々にはコロナのこと、ネガティブなこと一切言いたくないの。もったいないもん、未来のためにもならない。

ハチミツとクローバーのはぐちゃんのこと久しぶりに調べてみた。そしたら、なんか気持ちがわかるの。何を取るか、何を捨てても何を取りたいか。それはすごく勇気になった。(関係ないけど、あおくんの名前ってゆうきって名前っぽいよね、違うのかな。なんとなく思った)。カヤノは自分を認めるとき、きちんと感性を抱きしめてあげなければいけなくて、そんな時はむやみやたらに否定する人たちとは距離をおかないと私がまたつぶれちゃうって思った。

低気圧も疲れも嫌だよ。でも、それを忘れるような幸せもあるはずだって思ってる。カヤノはまだまだ語彙が少ないからなんでもかんでも「幸せだ」って表現しちゃうけど。

でも替えの利かない語彙もあることは知っているよ。

「大好き」と「愛している」と「ありがとう」と「ごめんなさい」。

4つの言葉をあおくんと朔さんへ。


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