見出し画像

連載10/12 象徴主義と唯美主義

象徴主義

象徴主義は、1857年にフランスの詩人、シャルル・ボードレールが『悪の華』を発表したことに始まるといわれます。1860、70年代は、ステファヌ・マラルメとヴェルレーヌが象徴主義を牽引しました。象徴主義は、ロマン主義とは対照的な立場であり、「芸術は、間接的な描写のみによって表現可能な真実を表すべきである」という理念の下、自然や、写実ではなく、精神主義、想像力、夢を重視しました。隠喩的で、暗示的な表現が好まれ、特定の物やイメージに象徴的な意味を付与しました。これらは文学の象徴主義の特徴ですが、美術においても共通しています。象徴主義は、デカダン主義と混同されることがあり、文学においては、病的なもの、セクシュアリティ、タブーの取扱いに関して異なるようですが、美術に関しては、象徴主義とデカダン主義はそこまで明確に区別されるわけではないようです。

象徴主義美術では、神話や夢のイメージがよく扱われました。象徴主義の画家が用いたシンボルや暗示は、広く普及した寓意(平和=鳩、のような)ではなく個人的で曖昧な表現であることが多いです。特定の表現形式というよりは哲学のようですらあります。

象徴主義は、特にヨーロッパ大陸で流行した様式で、フランス、ドイツ、オーストリアの代表的な画家は以下のとおりです。フェルナン・クノップフ等のベルギー象徴主義も重要ですし、イタリアやロシア、東欧にも象徴主義の美術があります。

〔フランス〕

  • アマン=ジャン

  • ファンタン=ラトゥール

  • ギュスターヴ・モロー

  • オディロン・ルドン 他多数

〔ドイツ〕

  • マックス・クリンガー

  • カルロス・シュヴァーベ

  • フランツ・フォン・シュトゥック  他数名

〔オーストリア〕

  • グスタフ・クリムト 他

アルフォンス・オズベール(1857-1939)

オズベール「夕べの歌」1906年、ナンシー美術館

アカデミーに学んだものの、1880年代に後期印象主義の影響を受けてアカデミズムから離れ、点描を取り入れて、ギリシア風の女神のいる神秘的な風景を描くようになりました。印象主義と、象徴主義はあまり相容れないように思っていたので、スーラ等の点描技法と、象徴主義を同時に取り入れたという点が、興味深く思います。作家、ジョセフィン・ペラダンの主催する、Salon de la Rose + Croix薔薇十字サロンと関わりがありました。

Salon de la Rose + Croix

カルロス・シュヴァーベによる薔薇十字サロンのポスター

作家であり、芸術批評家でもあったジョセフィン・ペラダンの主催した6つのサロンです。秘密結社の薔薇十字団にインスパイアされて組織され、カルト的宗教の一、という側面もありますが、むしろ芸術的な部分が強調されます。ペラダンは、「ヨーロッパ的物質主義を乗り越える、深遠な/神秘的な芸術の」地位向上をはかりました。アカデミズムや印象主義といった、当時のメインストリームと異なる、象徴主義を特に推奨しました。薔薇十字サロンでは、近代生活や自然主義的な風景、写実的な絵画は展示されず、アーサー王伝説、ルネサンス復興、E.A.ポーやボードレールの詩などをモチーフとした作品が好まれました。

カルロス・シュヴァーベ「夕べの鐘」1891年、リオデジャネイロ美術館

サロンには200人以上の音楽家や画家が関わり、ベックリン、クノップフ、ヤン・トーロップ、ガエターノ・プレヴィアーティ、カルロス・シュヴァーベらの作品が展示されました。

唯美主義

フレデリック・レイトン『燃える6月』1895年、ポンス美術館

大陸での象徴主義に近い、イギリスで流行した様式が唯美主義です。1867年にオクスフォード大学教授のウォルター・ペイターが「美を理想として生きるべきである」という論文を発表したことに始まります。「芸術のための芸術」を理想とし、芸術は、洗練された感性/官能に訴えるような喜びを提供すべきである、としました。これは、ラスキンやマシュー・アーノルドの、芸術は道徳的もしくは役に立つものであるべき、という立場とは異なります。とはいえ、ラスキンが支持したラファエル前派、特にロセッティやバーン=ジョーンズは唯美主義に分類される場合もあります。「自然は芸術と比べてがさつであり、美こそが芸術の本質である」という理念を持ち、ひたすら美を追求したのが特徴です。イギリスの唯美主義の画家には、ローレンス・アルマ=タデマ(オランダ出身)、レイトン卿、アルバート・ムーア、ウォッツ等がいます。彼らは、アカデミズムの画家であり、ラファエル前派からの影響も大きいです。イギリスのアカデミズムは、19世紀前半の、レイノルズ流の絵画と、後半の唯美主義の作品とでは、かなり趣きが異なります。重要な転換点の一つは、やはりラファエル前派であったのだろうと思います。

ジョージ・フレデリック・ウォッツの『希望』

ウォッツ「希望」1886年、テート美術館

テート美術館が所蔵している他、半分程度のサイズの作品をイェール大学の美術館が所蔵しています。目隠しをした女性が、ハープに1本だけ残った弦を爪弾いているのは、希望の寓意的表現です。ウォッツは、「希望は期待を意味するものではない。本作ではむしろ、残った弦が奏でる音楽を意味する」と述べています。

ウォッツ「希望」1891年、イェール大学イギリス美術館


女性の頭上に、かすかな星が描かれています。本作は、ロセッティの「海の魅惑」や、アルバート・ムーアの「夢見る人々」、バーン=ジョーンズの「運命の車輪」に影響を受けているようです。

いいなと思ったら応援しよう!