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#2 過去に書いた文章

2日目。

初回はなにを書くべきなのか。自己紹介?名刺や肩書のない私は自分が何者か分からなくて困っている。しかし扶養が外れておらず、卒論と職探しを抱えているということをふまえると大阪の大学に通う文学部の4回生が1番しっくりくる。

今回、文章力に自信のない私はチートを使うことにする。それは3ヶ月前に実際に私が応募した産経新聞の一面にあるコーナーから引用するという、なんとも初回にはふさわしくないものである。恋人に使い回しのラブレターを送る気分である。一度ウケたネタをテレビで何度もするイタイ芸人の気持ちが少し分かる気もした。


まさか21歳にもなって、父親に絵本が欲しいとねだる日が来るとは思ってもみなかった。ある動画配信サービス上で女性芸人が、『セミ』というこの絵本を紹介していた。普段はキレのある関西弁で漫才をしているその女性が、相方に読み聞かせをしていたのだ。要所要所の絵にモザイクが入っていて、涙ぐむ相方の反応とともに、セミが頭から離れなくなった。
 セミ、セミ、セミ…。小学生の男子でもここまで毎日、セミに思いを馳せることはないだろう。友達に「今めっちゃセミが気になるねん」と言えば「今年の春はセミロングが流行やもんな」と、誰に見せるわけでもないヘアスタイルの話と勘違いされる可能性だってある。
 そんなとき父親が、「バレンタインのお返し何がいい?」と聞いてきたのだ。私は迷わず、『セミ』と答えた。手作りチョコレートと引き換えにセミの絵本を手に入れた。
 主人公はニンゲンとともに企業で働くセミ。姿は昆虫のセミだが、スーツを着てネクタイを締め、机に向かっている。欠勤はしたことがなく、ましてやデータ入力のミスも皆無。しかしニンゲンじゃないという不当な理由で感謝されるどころか馬鹿にされ虐げられる毎日だ。入社して17年。昇進なしで定年を迎える。
 最後の5ページに鳥肌が立った。ここから、文字の一切ない問題のページが始まる。つらいことを乗り越えた先に待っている飛び立つ未来を垣間見ることができた。さらに、セミの笑い声とも取れる独特の鳴き声も印象深い。
 私は来年から社会人になる。逆境に立ったとき、この絵本が助けになるだろう。その鳴き声が、空の彼方から聞こえてくるかもしれない。「トゥク トゥク トゥク!」。


これが私が実際に書いたエッセーである。ビブリオエッセーというコーナーが産経新聞の夕刊にはある。それは自分のお気に入りの絵本や漫画を含む書籍についてのエッセーを600文字程度で紹介するという主旨のもので、小学生が書いたものもちらほらみる。

これまで新聞はゴキブリを叩く道具だと思っていた私はコロナ禍で錯乱する情報を整理するために、父が購読している新聞を読み始めることにした。そこでビブリオエッセーを見つけたのだ。毎日欠かさず読んだ。投稿者の一冊の本への想いはたった600文字だが、1つの物語を読んだ後の小さな満足感と似たものがあった。

1番喜んでいたのは絵本を買ってくれた父だった。エッセーを自慢げに会社の人に読ませていたらしく、その絵本を読んでみたいと言う人が社内に蔓延した。らしい。梅雨の時期に父の会社で1ヶ月以上も「セミ」がいろんな人の手に渡った。セミの寿命は地上に出てから1週間だと言うのに、大往生である。


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