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TOKYO HEALTH CLUBがアルバムの先行売り上げを音楽シーンに寄付した理由【5月号音楽インタビュー】


結成から10年を迎える4人組ヒップホップ・ユニット:TOKYO HEALTH CLUB。最新アルバム「4」を前倒しで発売し、先行発売分の売り上げをクラブやライブハウスへの支援へ充てると宣言し、いち早く、音楽シーンへのサポートを実施した彼ら。ここでは、緊急事態宣言発令日にサポートを実施できたその背景にあるもの、その経緯を全員にzoom取材で聞きました。

取材・文/高木”JET”晋一郎

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きっかけは”お世話になってきた場所が潰れる恐怖感”

――アルバム「4」は正式には4月15日リリースですが、それに先駆けて4月7日からBandcampで先行リリース。そしてその先行発売分の売上(¥514,243)を100%、クラブやライヴハウスへの支援に充てました(参考URL:http://tokyohealthclub.com/news/2020/04/07/thc%e3%81%8b%e3%82%89%e3%81%ae%e3%81%8a%e7%9f%a5%e3%82%89%e3%81%9b/
)。その行動を取ったきっかけは?


DULLBOY (以下D):根本はTSUBAMEの発案ですね。


JYAJIE (以下J):リリースに向けての話し合いをしている最中に、新型コロナ(COVID-19)の影響で社会情勢がどんどん怪しくなっていって。それで、このまま普通にリリースするのは、この現状において正しいのか、っていう疑問がメンバーの中でも湧いてきたんですよね。その中でTSUBAMEがBandcampでの先行リリースと、リスナーの言い値での値段設定(最低金額は500円から)、そしてその売上を自分たちがお世話になってるクラブやライヴハウスに寄付するっていう方式を提案して、それにみんなが乗って決断した感じですね。


TSUBAME (以下T):この状況下で「リリースしました!」という行動を決断して、果たして自分たちが気持ちいいと感じるのかな? と思ったし、絶対何かが引っかかるだろうなって。もちろん、リリースするという選択自体は全く悪いことではないんだけど、自分たちの活動の一部にある、クラブやライヴ・ハウスが困窮してるのを知りながら、何事もなかったかのようにリリースするのは、どうしても後ろめたい気持ちになるだろうな、って。それに、やっぱり恐怖感も感じるんですよ。

――それはどういったタイプの恐怖感?


T:自分たちがお世話になってるクラブがマジで潰れるんじゃないか、っていう恐怖感。東京に緊急事態宣言が出る1カ月ぐらい前、3月の中旬にDJとして中目黒solfaに出たんですが、その時点ですでにクラブにはお客さんが全然来ないという話になっていて、更にその後、4月7日に緊急事態宣言が出て、店自体の営業を自粛しなくちゃいけなくなって。そういう状況をみて、このパニックが回復したときに、果たして自分たちが出演できる「ハコ」は残ってるのかな……ってリアルに感じたんですよね。だから、そういう場所が無くならないための、世話になっている場所への恩返しだったり、自分たちがリリースに対して胸に引っかかってるものを取りたいという気持ちも含めて、今回のプロジェクトを立ち上げました。


J:変な話、「売名行為だ」みたいなネガティブな声もあるだろうなと覚悟していたんだけど、全然そんなこともなかったし、応援のコメントが多くて。


T:それにも励まされたし、やって良かった、胸のつかえが取れたというか。


SIKK-O (以下S):値付けも、CDとしてリリースする以上の価格を、応援の意味を込めてつけてくれる人も多かったし、応援のメッセージを一緒に送ってくれたり。クラブを助けたい……というか「お金を落としたい」と思ってる人もやっぱり多いんだなって。僕らもクラブで遊んで、飲んで、お金を落とすのが好きなんで(笑)。


D:このプロジェクトの当事者になったことで、自分でも色んなクラブやライヴハウスを支援をしようって気持ちになったし、そういう連鎖も広がっていったらうれしいですよね。


S:ただ、僕らがこのプロジェクトが遂行できたのは「完全に自分たちでリリースしてる」っていうのも大きかったと思いますね。リリースの前倒しとか、500円以上の言い値でリリースするとかは、レーベルに所属してたらほぼ無理だったと思う。


J:「自分たちの音楽を通して、音楽の場所に恩返しする」っていうことが、インディーだからこそスムーズに出来たよね。


D:それは、僕ら全員が音楽以外の仕事を持ってるっていうのも大きいかも知れない。同業者や同じシーンの中だけで助け合うのは、限界があると思うんですよね。もし音楽だけで飯を食ってたら、自分のことで精一杯で、たぶん他をサポートするような余裕はなかったと思う。


T:音楽だけで生活してないゆえに出来るアプローチが、自分たちが良いと思えた行動と結果に繋がったんで、10年間続けてきて良かったなと(笑)。

――「4W」の中でSIKK-Oくんは「”MUSIC ALL DAY”なんて口が裂けても言えない到底」と言ってるけど、生活のすべてを音楽に接続させてないからこそ出来る動きがあると感じさせられたし、だからこそ表現できる内容もあるってことを再認識させられて。


D:あのリリック、メッチャ好きなんですよ(笑)。


S:ありがとう(笑)。


D:俺らはまさにそういう存在だと思うし、このフレーズはアルバムの決定打だと思いますね。

「やれることをやろう」の境地にたどり着いた

――その今回のアルバムですが、全体のトーンとして90年代ヒップホップのような、多くの人が「ヒップホップらしい」と感じるような音像になっていますね。


J:「NINGENDOG」や「MICHITONOSOGU」のようなミニ・アルバムやEPはコンスタントにリリースしてたんですが、フル・アルバムとしては「VIBRATION」以来4年ぶりで。だから、久々のフルを作るにあたって、改めて「自分たちの好きなものってなんだろう」という部分に立ち返ったら、この作品にたどり着いた感じですね。


S:「背伸びをしない」っていうのが、今回のアルバムのテーマや狙いだったんですよね。だから、自分たちのやりたいことをシンプルに作品に落とし込んだら、自然とこの形になっていって。この4年間は、作品作りのモチベーションとして、ちょっと新しいことをしようとか、それまでのTHCとは違うことを、っていう意識があったんですが、今回は逆に「やれることをやろう」って。

――この4年の間には「NO NINJA TOKYO」のような、外部プロデューサーを迎えたアプローチもありましたね。


S:BACHLOGICさんにフィーチャリングをお願いしたあの曲が一番背伸びだったかも知れない(笑)。


T:BLさんの技術に俺らが追いつこうとするのは、やっぱり背伸びだよね(笑)。

――音の鳴りとしても「NO NINJA TOKYO」のようなクリアな感触よりも、もっとモコモコとした耳あたりがありますね。


D:トラックメイカーとしては、カリッとした音に寄せたいってTSUBAMEは話してたんですけど、MC3人からすると、そこに自分たちとのラップとの乖離を感じてたんですよね。


T:JYAJIEからも「トラックが綺麗すぎるから、もっと遊んで欲しい」とは以前から言われていて。僕としてはソロでリリースした「THE PRESENT」みたいに、音として美しい方に寄せたい気持ちもあったんですけど、確かにTHCとして作るときは、もっと雑味があったほうが面白いのかなって。


J:TSUBAMEは器用だから、うまく作ろうと思えばいくらでも作れるんですよね。それは素晴らしい才能なんですけど、THCではそこじゃなくて、遊びとか粗さが欲しいなって。


D:それで、今回はTSUBAMEとマスタリングはSUIさんに調整してもらって、今回の音像に落ち着いた感じですね。


T:今回は客演に塩塚モエカさん(羊文学)とCHAPAH(GAMEBOYS/VLUTENT ALSTONES)さんを迎えてるんですが、根本的には4人で作った作品になったんですね。だから「この4人であること」を前面に出すには、90年代っぽい低音に厚みのあるサウンドだったり、粗さも含めた作品がベターなのかなって。だから、この音像が4人の共通言語だと思うんですよね。

――いわゆる「ゴールデンエイジ」と呼ばれるような、王道のヒップホップサウンドというか。


T:1990年代、1980年代、ミドルスクール、ニュースクールみたいな文脈がもともと僕らが好きなものだったよね、っていう再確認したゆえの作品になったかも知れないですね。

スチャダラパー「5th Wheel 2 The Coach」のイメージ

――感触的には、この4年間の作品だったり、4年間の間に培ったパブリックイメージ〜例えばシティポップとの接続だったり、オシャレなイメージだったり〜みたいな部分に対するカウンターも感じるなって。「5Hard to the 2B」における、「自分たちにとってのBボーイ・イズムとは」のような、ヒップホップ的にコアなアプローチを打ち出したのも、そこに通じる気がします。


J:全体としてキャッチーさは弱いのかなって。例えば「HなGAL feat. Kick a Show」みたいなアプローチは目指してなかったと思いますね。

――「HなGAL」のようなフロアチューンよりも、アルバムでひとつのムードを作ってますね。


D:僕の中でこのアルバムは、スチャダラパーの「5th Wheel 2 The Coach」のイメージなんですよね。

――「5th~」は、それまで「オモロラップ」などと言われがちだったSDPが、「B-BOYブンガク」のようなソリッドな音像を打ち出し、自分たちのタフな側面を表現して、ヒップホップ・グループとしての強さを形にしました。それと同じようなニュアンスは「4」からも感じますね。だから「自分たちを表出させる」という意味でも、ヒップホップとして非常に真っ当な作品になっている。


D:例えば、僕らが音楽以外にも仕事をしてるってことは、前だったら隠してたり、見栄を張ってリリックに入れたくない部分もあったんですね。でも今回はそういう生活感だったり、平日は働いて休日は音楽をやるって部分も隠すことはないかなって。それは、テーマ先行で曲を作るようにしたことも影響してるかも知れない。

――今まではトラック先行だった?


D:ほとんどそうだったんですけど、今回はテーマを先に決めて、それを元にトラックをTSUBAMEに作ってもらって。


T:「まず言いたいことを先行させる作り方に変えてみない?」って。おかげでボツになったトラックは多かったんですけど(笑)。


S:10曲以上ボツになってるんじゃない(笑)? それはトラックが悪いんじゃなくて、言いたいこととトラックが噛み合わなかったりして、仕方なくだったんですけどね。

――そうすると「M.E.I.G.E.N.」や「グッド・バイ」のような意地の悪い曲も生まれたと(笑)。


S:そういう曲が1個ぐらいないとTHCじゃないのかなって(笑)。

――「M.E.I.G.E.N.」も皮肉で終わるかと思ったら「名言ばかり見てるとバカになる」と、最後は直接切ってしまうという(笑)。


D:これはSIKK-OがTwitterで書いてたんだよね。


S:かなり昔にね。それをDULLBOYが記憶してて、それを曲にすればいいじゃんって。

――この曲は話の構造がしっかりしてるからこそ、皮肉の伝わり方が面白くて。


S:そうなんですよ。みんなの話の辻褄をちゃんとあわせないと……。


J:ただの悪口を言ってるだけになっちゃうんで。


S:そういう技術も10年で身についたのかなって。


J:10年でちょっと賢くなったのかも知れない(笑)。

――「グッド・バイ」の「来世の来世にでもまた会いましょう」というのも、底意地が悪いな~と(笑)。


S:JYAJIEの性格の悪さが出たよね(笑)。


T:すごい笑顔で「また来世にでも」って言うタイプ(笑)。


J:これでも若干オブラートに包んだかも知れない(笑)。

――「4W」で心地よく終わるから誤魔化されるけど、ラスト付近にこの曲は怖すぎる(笑)。では、リリックを先行させる方法論に至ったのは?


T:方法論に停滞感があったのと、やりたいことに枯渇感があったんですよね。曲がりなりにも10年間やってきたんで、「またそれやるの?」って部分があって。

――方法論的にもカウンターが必要だったと。


T:そうですね。自分たちにカウンターを打たないと、制作すら出来ないんじゃないっていう危機感もあって。

――先程の話にも出たように、THCはみんな別の仕事を持っているわけで、その意味では音楽活動は「趣味の一部」「表現の一部」という考え方も出来ますね。だから、音楽制作は常にフレッシュなのかなと思ったんだけど、そういう訳ではなかったと。


T:楽しいことではもちろんあるんですけど、やっぱり枯渇感はありましたね。やっぱり10年はやってきたんで。

――「リピート」の「また一周回って次がある」というリリックは、10年を経たからこそ言える歌詞かと思うんですが、では10年を迎えて思うことは?


T:10年続いちゃったんだな~って(笑)。


D:「お前ら10年もやってたんだ!」って周りにも言われるし(笑)。


T:リリースは重ねることが出来たけど「10年がんばったぞ!」っていう気持ちは全く。

――感慨はない? 肩組んで泣いたりとか(笑)。


T:無いですよ。みんなで喜びを噛みしめるほどの感慨はない(笑)。


D:レコーディング中に「そろそろ10年じゃね?」って感じでだったもんね(笑)。


J:でも毎週のように会ってたのが、最近は全然会ってないから、こういう(ZOOMで集まる)のすらいまは新鮮。


T:喋ることも無くなるぐらい会ってたのに。


J:だから改めてTHCは生活の一部になってたんだなって思いましたね。

正直、先は見えない。だから探していくしかない


――THCはいわゆる先輩後輩やシーンの共同体のような「日本語ラップシーンの関係性」の中から登場しませんでしたね。それよりも、MVや作品の良さを武器に突如として登場し、自分たちの陣地を自分たちで広げてきたという印象があります。


S:じわ~っとですけどね(笑)。

――でも、そういったアプローチがなければ登場しなかったグループは多いと思うんですよね。例えばchelmicoもそういった流れの中に生まれてきたと思うし、THC以前/以降という歴史の断層は確実にあると思う。


T:いや~……どうなんでしょうね?


S:そうなんです! とも答えづらい(笑)。


D:でも、TSUBAMEの友達が増えたよね。そういう広がりはTSUBAMEがレーベル(OMAKE CLUB)をやってたのが大きいのかなって。


――OMAKEからは、JABBA DA FOOTBALL CLUBやYOSA、TOSHIKI HAYASHI(%C)、週末CITY PLAY BOYZのようなアーティストが輩出されましたね。


T:そういう色んなアーティストがTHCやOMAKE CLUBに接点や共通言語を見つけてくれたのはうれしいし、一緒に音楽ができる友達が増えて良かったと思いますね。

――さて、10年を経てのTHCはどうなっていくでしょうか?


D:全く見えてないですね(笑)。


T:毎回見えてない(笑)。


J:何かをリリースしてから見えたことがない(笑)。


S:でもそれが続けられる秘訣かも知れないですね。見えないからこそ探すから、続けられるというか。ただ現状に関して言えば、ライヴが出来ないんで、自分たちの出来ることを探していくしかないのかなって。


T:ソロアーティストとは違ってメンバー4人集まった時点で密になっちゃうし、いろんな条件やルールが強すぎて、正直、解決策がいまは思い浮かばない。ただ、色んな事は考えているんで、動けるときを楽しみにして欲しいですね。


<プロフィール>
トラックメイカー/DJのTSUBAMEと、JYAJIE、DULLBOYSIKK-Oの3MCで構成される通称:THC。ポップでノーバイオレンスな空気感と地力のある音楽性、洒脱なデザインなど、多角的に注目を集めるヒップホップ・ユニットである。https://itunes.apple.com/jp/artist/tokyo-health-club/id691170334 http://tokyohealthclub.com/


<アルバム>
「4」
https://ultravybe.lnk.to/thc4

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