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林遣都を演技派たらしめるのは“役を生きる力”の強さ。『世界は3で出来ている』に見たウィズコロナ時代の希望

フジテレビ系にて、6月11日に放送されたソーシャルディスタンスドラマ『世界は3で出来ている』。ただ1人の登場人物であり、主演を務めた林遣都が一卵性三つ子を1人3役で見事に演じ分け、その巧みな演技力と、”ソーシャルディスタンスドラマ”という時流に合った試みで話題を呼んだ。現在このドラマはFODで見逃し配信されているが、オンエア当時から多くの人々の支持や共感を得た”ウィズコロナ”を象徴する作品を、ライターの横川良明氏に紐解いてもらった。

文/横川良明

よこがわ・よしあき●演劇とテレビドラマを得意とするライター。初のインタビュー本『役者たちの現在地』(KADOKAWA)が発売中! 電子書籍『俳優の原点』(ライブドアニュース編集部)も発売中。

この3カ月強、私たちはずっと不安と緊張感に手足を拘束されたような毎日を送ってきた。失われた多くの命に絶句し、エッセンシャルワーカーの叫びに心を痛め、失業や倒産のニュースを見かけるたびに、その背後にいる人たちのことを思って胸がつまりそうだった。

ただその一方で、新型コロナウイルスがもたらした災禍にどれだけ当事者性を持っていいのか計りかねてもいた。もちろん不便はあった。孤独も感じた。けれど、深刻な経済打撃を受けたわけでもない。直接の知り合いを亡くしたわけでもない。もっと苦しい思いをした人はたくさんいる。なんなら特別定額給付金の支給を一瞬「ラッキー」と思ってしまった自分が、一体どんな顔をして過ごせばいいのか。そんな言いようのない想いを、『世界は3で出来ている』(フジテレビ系)はぴたりと寄り添った言葉で描き出してくれた。

林遣都㈰

©️フジテレビ


コロナ禍の今描く“喪失”と“修復”の物語

主人公は3つ子の兄弟。しっかり者の長男・泰斗と、お調子者の次男・勇人。そして癒し系の三男・三雄。緊急事態宣言が解除され、久しぶりに再会を果たした3つ子はそれぞれの立場からこの3カ月について振り返る。

空気を読めない性格が災いして社内でポンコツ扱いをされていた勇人は、逆に空気の読みとりにくいオンライン会議で本領を発揮。すっかり社内での評価を高め、この自粛期間を「すっばらしい3カ月だった」と歓喜した。たとえコロナが終息しても、私たちの身に降りかかった変化について「もう元には戻らない」と言い、我が世の春といった様子だ。

勇人に限らず、おおっぴらには言えないけれど、この世界的な困難を前に「ステイホームも悪くないね」とひとりごちた人はいたと思う。職場のわずらわしい人間関係から解放され、悠々自適なリモートワークに心地よさを覚えた人。思いがけず家族の時間が増え、心の平穏を見出した人。三雄のように、逆に家業が好転した人も、きっと。

でも、そんな後ろめたい安堵がどれだけ利己的なものかを、そのあとに続く泰斗の話で突きつけられる。泰斗が語りはじめたのは、3つ子にとって親しいある人物の話だった。そして視聴者は、その人物の顛末を通じて実感するのだ、この3カ月のあいだに自分たちもいろんなものを失っていたことに。

その小さな喪失に震えた瞬間、勇人の言った「もう元には戻らない」というフレーズが、重い宣告のように甦ってくる。6月11日という、私たちが少しずつ日常を取り戻そうとしていた時期にオンエアされたこのドラマは、そんなふうにして今取り戻そうとしている日常が決して元通りのものではないことを、そしてそのことに本当はそれぞれがひどく傷ついていたことに気づかせてくれた。

脚本は水橋文美江。『太陽は沈まない』(フジテレビ系)、『光とともに…〜自閉症児を抱えて〜』(日本テレビ系)から、近作の『スカーレット』(NHK総合)まで、水橋は市井の人々の機微を、何気ないやりとりや生活に即した言葉で描いてきた。そんな水橋だから綴ることのできた、長男・泰斗の約6分にわたる長台詞は、このコロナ禍を過ごした人々のリアルな声として永くアーカイブされる価値があった。最初はくすりと笑えた「サンドウィッチマンのメガネをかけている方によく似た」というフレーズが終盤にはやるせなさを伴い、あの一言があるおかげで私たちは会ったこともない春日谷麺メンの若社長をまるで古い知り合いのようにくっきりと思い浮かべることができた。

あのバターラーメンを、もう3つ子は食べることができない。そして、いつか忘れていく。もうあの味を思い出せなくなる日が来る。生きる上で、喪失からは逃れられない。

では、そんな喪失に対して私たちはどうすればいいのか。その答えのひとつが、“人と生きること”なんだと思う。人と会うことができなかったステイホーム期間を通じて、多くの人が誰かと生きる幸せを再確認した。こんな状況下において、温かな光を放った希望の星は、やっぱり人だった。

だから、3つ子が3人寄れば文殊の知恵のごとく隠し味を思い出したように、失ったものにいつかまたふれたくなったら、そのときはみんなで集まって、一緒に語り明かせばいい。「こうだったっけ?」「いや、違うでしょ」とワイワイ文句を言い合いながら。

喪失の痛みは、決して消えない。だけど、それぞれの持ち寄った思い出のかけらをつなぎ集めることで、私たちはもう二度と会えない誰かにもう一度会うことができたり、1人では思い出すことのできなかった何かを思い出すことができる。それが、決して元には戻らない喪失に対して私たちにできるささやかな修復なんだと、いとしい3つ子が教えてくれた。

林遣都㈪

©️フジテレビ


林遣都は1人3役のハードルを高々と飛び越えた

この3つ子を演じたのが、林遣都だ。たった1人で3役を演じ、30分の物語を背負う。文字にするならたった1行で説明できることだけど、その1行につまった重責はとても大きかったと思う。

だが、その重責に林遣都はしっかりと応えた。演じ分けについては、確かな技術をもって成立させていたと思う。たとえば、顔の筋肉。常識人の泰斗をプレーンなものとしたとき、勇人と三雄では驚くほど使っている筋肉が違う。勇人は唇の端が始終上がりがちで、そのシワにポンコツ扱いされながら内心は承認欲求の強い勇人の卑屈さと尊大さが刻まれていた。

一方、三雄は泰斗や勇人と比べると目と眉の間が広い。これは、三雄は顔の筋肉が外側に向けて広がっているからだ。こうすることで、自然と顔が弛緩し、表情が柔らかくなる。同じ林遣都の顔なのに、三雄の愛らしさが一段と際立っているのは、表情筋の使い分けによるところが大きい。

また、泰斗が腰から首筋にかけてすっと軸が通ったような姿勢であるのに対し、勇人はやや肩が内側に入ったり体が揺れがちだ。この違いにも、几帳面な泰斗の性格と、ちょっと落ち着きがなくて前のめりな勇人の性格がよく出ていた。

3つ子はみんなごく普通の人たちであり、過剰にデフォルメを効かせた演技でキャラクターを分けると、途端にリアルな息遣いが損なわれる。繊細なバランス感覚が求められる中、林遣都は細かい体の使い方の違いなどを取り入れていくことで、ただ立っているだけで別の人間であることを証明してみせた。

こうした技術的な工夫はもちろん素晴らしいのだけど、その上で真に心を掴まれたのは、林遣都がそれぞれ1人の人間として、違和感なくそこに生きていたことだ。

特に印象的だったのが、泰斗の独白を受けての、勇人と三雄の表情の違い。自らの不謹慎さを悔いるように、のめり込むような目で泰斗を見つめる勇人と、何か自分の中で反芻するような顔の三雄。同じ話を聞いているのに、まったく表情が違っていて、勇人と三雄の人間性が見て取れた。逆に、それぞれ違う人間なのだけど、最後に笑い合う表情はそっくりで、そこに3つ子らしさを感じさせてくれたのには、何か心温まるものがあった。

今回の撮影条件を考えれば、実際に話を聞いているときに目の前に相手はいないはずで、その不在は俳優から集中力を奪うリスクもある。だけど、画面の中の林遣都はそんな嘘を一切感じさせなかった。その自然なリアクション。これこそが、林遣都の“役を生きる力”の真骨頂だ。

従来の撮影様式が禁じられ、積み上げてきたメソッドやパターンが通用しなくなったこの時期に、それでもエンターテインメントの力を信じ、今までの方法を覆すドラマづくりに挑戦したキャスト・スタッフたち。その挑戦は「この非常事態の中でよく頑張った」という生易しい称賛に甘んじるどころか、どんな状況下でも良質な作家、優れた演出家、そして実力のある俳優が揃えば面白いものはつくれるという“誇り高き前例”を叩き出した。

この経験を血肉に変え、彼らが次にどんなエンターテインメントをつくり出してくるのか。目いっぱいハードルを上げて待っておこう。きっと彼らなら高々と飛び越えてくれるはずだから。

林遣都㈫

©️フジテレビ


◇ソーシャルディスタンスドラマ『世界は3で出来ている』
全1話
FOD にて配信中


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