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押井守監督、欠席裁判!? 担当ライターが語る、知られざる鬼才の素顔【無料記事】

『押井守のニッポン人って誰だ!?』『押井守監督が語る映画で学ぶ現代史』連動対談

鬼才監督として知られ、TV Bros. note版の連載でもおなじみの押井守監督の書籍が先ごろ立て続けに発売された。ひとつは、日本の歴史を紐解きながら、自由でラディカルな日本人論を展開する『押井守のニッポン人って誰だ!?』(発行:東京ニュース通信社、発売:講談社)、もうひとつは、映画作品が作られた時代背景から、現代史を語った『押井守監督が語る映画で学ぶ現代史』(発行:日経 BP)だ。

今回は日経BPさんとの連動対談企画として、それぞれの本を担当したライターの渡辺麻紀さん、野田真外さんに押井守監督との出会いや、鬼才監督の素顔に迫るエピソード、それぞれの新刊の読みどころを語り合ってもらった。
文/渡辺麻紀 写真/蓮尾美智子

●このインタビューは日経BPさんとの連動対談企画です。
日経BPさんのパートはこちらからお読みになれます。

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<プロフィール>
渡辺麻紀(わたなべ・まき)写真左
映画ライター。『S‐F マガジン』、『アニメージュ』、『ELLE gourmet』などに映画コラム、インタビューなどを寄稿。押井守著『誰も語らなかったジブリを語ろう』、『やっぱり友だちはいらない。』、『シネマの神は細部に宿る』、『押井守の人生のツボ』、『押井守のニッポン人って誰だ!?』のほか、TV Bros.note版の『押井守のサブぃカルチャー70年』の構成・文を担当する。
野田真外(のだ・まこと)写真右
1967年生まれ、福岡県出身。CM制作会社を経て、現在はフリーの映像演出家。代表作は『東京静脈』(2003)、『大阪静脈』(2011)など。トークイベント「Howling in the Night ~押井守、戦争を語る」を主催している。『押井守監督が語る映画で学ぶ現代史』のインタビューと文を担当。

『押井守のニッポン人って誰だ!?』の試し読み(無料)はこちらから


本のテーマが決まった経緯

渡辺麻紀(以下、渡辺) 野田さんがインタビューと執筆を担当した『押井守監督が語る映画で学ぶ現代史』。こちらは日経BPのウェブサイトに連載されていたものをまとめていますが、どういう経緯で始まった企画なんですか?

野田真外(以下、野田) ある映画絡みの企画を日経BPさんに持ち込んだのが最初なんですよ。でも、日経BP的には映画の話だけでは連載にはならないので、映画で歴史を学ぶというテーマにしてみようということになったんです。
渡辺さんが担当された『押井守のニッポン人って誰だ⁉』はどうだったんですか?

渡辺 一緒にご飯を食べたとき、私たちのほうから押井さんに「何かやりたいことありませんか?」と尋ねたら「日本人の食についてはどう?」みたいなことを言われたんです、確か。『立喰師』(『立喰師列伝』/06年)をやったときに、食についてはかなり勉強したから、もっと語りたいという感じでした。でも、それだけでは1冊の本にはならないので、2020年に開催されるはずだった東京オリンピックについても語ってもらおうということになったんです。押井さん、オリンピックにも一家言あるじゃないですか?

野田 ありますね。じゃあ、それが新型コロナの影響で今回の押井さん的な日本人論になったわけですね?

渡辺 そうです。

野田 渡辺さんはそういう日本人論や、日本の歴史については興味があったんですか?

渡辺 それが全然。西洋史のほうが好きでしたから、高校生レベルの知識すらないんですよ。だから押井さんの『わんわん明治維新』を読んで猛勉強しました(笑)。

野田 (笑)。だったら、かなり苦労なさったのでは?

渡辺 そうとう苦労しました。押井さんにも「そんなことも知らないの?」と言われ続け「すみません!」を連呼してました。よくも最後まで付き合ってくださったな、と感謝しかないですよ。
むしろ、野田さんの本のテーマのほうが映画なので私は得意なんですが、だからといって、私だと野田さんのようにはならないですね。

野田 そうですか?

渡辺 男同士だから盛り上がるような感じがしましたから。たとえば『007 ロシアより愛をこめて』(「領収書100%OKの男」がリアルだった冷戦期)のボンドガール、ダニエラ・ビアンキのところ。よくも彼女だけでこれだけ喋れるなあって。

野田 確かにそういう部分、男同士の会話という感じがするかもしれませんね。そもそも押井さん、イアン・フレミングの原作を読んだのもエロ目的だったとおっしゃってますから。相手が女性の渡辺さんだと、そこまで盛り上がれないかもしれない。

渡辺 私が相手だときっと、ロバート・ショーの話になっちゃうんですよ。私、彼が好きなので。ロバート・ショーのネタだったら、ここまで面白く喋れませんよ、押井さんも。だって、ダニエラ・ビアンキから金髪のねえちゃんの歴史とか、バクレン女の話とか、押井節さく裂じゃないですか。

野田 インタビュアーが女性だと、いまの基準で言うとセクハラになるかもしれないくらいのレベルだったりして(笑)。

渡辺 それに野田さんは、押井さんの言葉を素直に聞いていらっしゃる感じですよね。私、いちいちたてつくんですよ。テープ起こしを読むと「ヤバいだろう、渡辺」と自分で突っ込むくらい(笑)。

野田 僕はそれはないですね。確かに素直に押井さんの言葉を聞いているかもしれない。

渡辺 押井さんも、そのほうが話しやすいんだと思いますね。

勝手に“押井原理主義者”という肩書を作ったんです(野田)

野田 ところで、渡辺さんの押井さんとのファーストコンタクトは、どんなシチュエーションだったんですか?

渡辺 実際にお会いしたのは『アニメージュ』のメンバーとアニメ監督の高橋良輔さんも一緒に、自衛隊の潜水艦を見学したときです。93年くらいかな。

野田 その潜水艦ツアーの話は何度も押井さんから聞きましたよ。うらやましい!

渡辺 そのときはバックパックに『パトレイバー2』(『機動警察パトレイバー2 the Movie』/93年)の設定資料集を入れていて、喫茶店で休んでいるときにサインを頂きました。私は凄くあがっていて、押井さんと喋ったのは帰りの電車のなか。もっと喋ればよかったと凄く後悔したのを覚えています。

野田 僕は厳密に言うと、学生時代にも学園祭の企画でお会いしたことがあるんですが、仕事としてお会いしたのは97年にこの本(『前略、押井守様。』)でインタビューしたときですね。その後、森ビルの知人から押井さんを紹介して欲しいと頼まれて会ってもらったんです。2002年から続いている森ビルのイベント(「Howling in the Night~押井守、戦争を語る」)は、それがきっかけだったんですよ。

渡辺 その極秘イベント(?)には去年、初めて参加させていただきました。

野田 そのとき、僕たちも初めて会ったんですよね。
そのイベントで毎年一度は必ず押井さんとはお会いするようになって、『イノセンス』(04年)のとき、角川さんから声をかけていただいてメイキング本を作り、『少年エース』の別冊『エース特濃』で押井さんの連載のライティングを担当することになった。それが最初の『勝つために戦え!』です。それからです、押井さんの原稿のお仕事をするようになったのは。
そもそも僕は映像仕事がメインの人間ということもあって、ライティングの仕事は押井さん関係の仕事しか来ないんですけどね(笑)。渡辺さんは?

渡辺 私は潜水艦ツアーのあと、徳間書店で最初の『パトレイバー』の設定資料集を出すことになり、担当編集が押井さんのロングインタビューを振ってくれたんです。それで初めてアタミの実家にお伺いし、5、6時間くらいのインタビューをしましたね。
でも、実はその前に、『御先祖様万々歳!』(89年~90年にリリースされたOVA)をとても気に入り、『アニメージュ』で電話インタビューしたことがあるんです。

野田 ということは1990年くらいですね。

渡辺 当初は会うたびにドキドキしていたんですが、今はもうグタグタで(笑)。野田さんはそういうことないですよね、きっと。

野田 いえいえ、僕もすっかりグダグダですよ。なんだかんだでもう結構お付き合いも長いですからね。僕は最初の本を書いた時に“押井原理主義者”という肩書を勝手に作って名乗っているので(笑)、表向きはとしては押井信者ということにしてありますが、渡辺さんは信者じゃないですよね?

渡辺 違うと思います。さっきも言ったようにインタビューでもいつも歯向かってばかりだし。「それは違うんじゃないですか?」って。それで押井さんにはいつも「麻紀さんほど、物わかりの悪い人はいない」と呆れられていますから。これは私の反省点なんです。テープ起こしをするとき、自分の言葉にいつも落ち込んでしまうので。

野田 僕は押井さんにも鈴木敏夫さんにも「君は原理主義者なんでしょ?」って言われて「はい、そうです」と答えていますから。

渡辺 ということは、押井さんの作品はすべて好きなんですね?

野田 個人的な好き嫌いはありますが、原稿を書く時の「キャラクター」としてはすべての作品を肯定するようにしています。

渡辺 わたしは、苦手な作品の話になるとスルーするかな(笑)。最近では『アサルトガールズ』(09年)とか、ですかね。

野田 あれは僕、メイキングで参加していて内輪の話も知っているというのもあるので、否定は出来ませんね。

渡辺 でも、『アサルトガールズ』(09年)と同時期に作られた『妄想の巨人』(『28 1/2 妄想の巨人』/10年)は大好きです。あれはとても押井さんっぽい。私の大好きな押井さんでした。

野田 僕も大好きです。ラストで鉄人が飛ぶシーンが泣けますよね。

渡辺 あとは『トーキング・ヘッド』(92年)もお気に入りです。ちゃんとセリフに耳を傾けていると、めちゃくちゃ面白い。しかも、それが映画のストーリーにはあまり関係ないというところも押井さんっぽいと思いました。そういうのって、ちょっと『御先祖様』に似てるかもしれませんね。

野田 『トーキング・ヘッド』は構造がしっかりしていて面白いし、『御先祖様』は僕も大好きですね。ここ最近は観てないけど、いまでも十分に面白い作品だと思います。

渡辺 でも、そのダイジェスト版になる『MAROKO 麿子』(90年)になると、とたんにつまらなくなる。

野田 面白いところをすべてカットしてるから。あの永井(一郎)さんの素晴らしいトークを切ってどうするんだと。

渡辺 枝葉の部分が重要になる。それが押井さんのひとつの面白さですよね。うんちくがほかの人とは違っている上に冴えまくっているので、本筋より枝葉のほうが面白くなる。野田さんの本も、そういううんちくの塊ですからね。

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どんな質問にも、「100倍返し」の答えをくれるのが押井さん(渡辺)

野田 まさに話し始めたら止まらない感じで(笑)。

渡辺 今回の本でも、まさに立て板に水のごとく、知識があふれ出る感じ。こちらの場合はもっと歴史的、政治的、哲学的だったりするのですが、それでも湯水のように言葉が沸き出ますからね。予習とかしていないはずだし、何かを見ることもなく、次々と言葉が飛び出してくる。

野田 映画の話も、随分前に一度観た切りだというのに、本当にディテールをよく憶えていて、話が止まらないんですよね。僕なんて三日前の映画ですら覚えてないのに。

渡辺 『シネマの神は細部に宿る』のとき、食べ物の描写の話になり、押井さんが『カムイの剣』(85年)の鍋料理の話をしたんですよ。この鍋料理は背景か特殊効果に描かせているから精密だけど、とてもまずそうだって。で、『カムイの剣』を観直したんですが、そういうシーンはなかった。でも、押井さんは「ある」と言い張るんです。だから、作品に参加していた梅津(泰臣)さんに尋ねてみたんですが、やはり「なかったと思うよ」って。今度は、梅津さんが違う人に尋ねてくれて、やっとそういうシーンがあったことが判ったんです。そのつもりで観直してみたら、本当にワンカットなの。もう梅津さんもびっくり、私たちもびっくりでしたよ。

野田 それは凄いですね。でも、渡辺さんたちがそんなにチェックしたのって、押井さんがときどき間違っているからでしょ? 押井さん、捏造癖があるから(笑)。

渡辺 そうそう。まことしやかに言うから、本当かと思っちゃう。でも、調べてみると『カムイの剣』のときのように、押井さんのほうが正しいことも多い。

野田 初めて押井さんのインタビューをする人は、そういう立て板に水の喋りに圧倒されちゃうんじゃないですか? しかも、作る作品も難解と思われているし。それで「怖い監督」というようなイメージが出来上がっているのかもしれませんね。うかつなことは絶対に言えない監督だって感じで。

渡辺 最初は私もそうだった。今ではすっかりうかつの塊ですけど(笑)。押井さんって、こっちがつまらない質問しても、面白すぎる回答を返してくれるじゃないですか。半沢直樹もびっくりの100倍返しくらいの答えをくれるから、インタビュアーにとっては凄くありがたい人だと思うんですけど。

野田 よくわかります(笑)。うかつな質問、まったくOKですからね。僕がこの本(『押井守監督が語る映画で学ぶ現代史』)を作ったのも、難解でもないし気難しくもない、面白い押井さんを伝えたかったからなんです。
とはいえ押井さんは、慣れるまでが大変なんだと思います。渡辺さんが押井さんに歯向かえるようになったのは、割と初期の段階ですよね? 僕の場合は割と最近ですから。ようやくリラックスして喋れるようになったかなあ。

渡辺 野田さん、それは性格というより、年齢が大きいんじゃないでしょうか? 私と押井さん、ほぼ同世代だから(笑)。



「押井守のニッポン人って誰だ!?」

「押井守監督が語る映画で学ぶ現代史」


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