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第35回歌壇賞候補作品を読む「ナイトフィッシュ」③

研修医に心静止ですと伝えればすこし黙ってハイと頷く
研修医に告げた心静止。すこし黙ってのところはおそらく主体よりもこの研修医のほうが場数を踏んでいないように思う。主体が淡々とこなしている様と、少し動揺を見せ感情の動きがみえる研修医との対比で主体の汚濁感を強調しているのではないか。

黒髪は綺麗に梳かれのっぺりと彼岸を照らす蛍光灯が
死後の処置を施されてゆく過程。髪の黒と天井の蛍光灯の白い光のコントラストが不気味。のっぺり、彼岸という死後を連想するこの世ではない世界を描く。

これからの説明を聴く母親に真冬の海はもう光らない
少年の死を告げられ、その後の説明をまた淡々と家族に伝えている場面。それを傍観者のように見ている主体。真冬の海は光らないというのは心電図の波形は波打たない。少年は生きて帰らない存在になったことを示しているのだろう。

遺族とはそれだけで火だどの顔も一夜のうちにただ影となる
遺族の悲しみ絶望を火だと例える。それは一夜にして影となり燃え尽きた火を容易に想像させる。死の絶望、喪失感は計り知れない。主体はここでも一歩引き場面を見つめている。

また頭を下げて静かな帰路につく夜のすべてを使い果たして
また頭を下げて。「また」が重くのしかかり何もできなかった、救えなかった夜(命)に自身の力を全て使い果たして帰路につく。

寒がりの兎みたいにコンビニの一番端で噛んだ肉まん
兎にたとえた主体は無力でか弱い動物。そんな兎がブルブルと震えながらコンビニの端で小さくなって白い肉まんを喰む姿。肉まんを味わうのではなくただ噛んでいるのだ。味などないのだろう。ただ噛んでいるのだ。

人の死に慣れてしまって今はもう愛猫の死がただただ怖い
人の死に関わる「仕事」に慣れてしまった主体。その度に感情を押し殺しただ使命として仕事をこなす。そんな主体が愛する猫の死を怖がるのは、死を身近に突きつけられた時ちゃんと感情を表せるのか?死を受け入れられるのか?冷静になれるのか?と己を見つめているのではないか。

朝焼けはたおやかに降る生前と死後の境界線の向こうに
ここでようやく朝になる。死を彷徨い、死を食い止めたかった主体。生前と死後の境界線の向こうまで使い果たした主体の身体に朝が降ってくる。主体は生きている。これからも生きて死に急ぐ誰かを救う使命を果たす。

知らない人を看取ったあとの国道に水仙ばかりひどくまぶしい
少年の死を看取った後、水仙がでてくる。前の歌では山茶花であり色では赤、水仙はおそらく白。この対比とギリシャ神話の悲しい水仙の由来をかさねて読む。ナルキッソスが自惚れから池に映る自分に見惚れて池に落ちて死んでしまう。ここでの解釈は主体自身の自惚れか?死んでゆくものへの回想か?

透明な光の予感残しつつ舌の温度でチョコがほどける
透明な光の予感とは?透明になってゆく自分の手の感覚はまだ消えないが、口に入れたチョコは舌の温度で溶けてゆく。死を看取った主体は確かに生きており疲れた身体に甘みがほどける。ほどけるということから、主体はここでようやく味を感じることができたのだろう。

救命に携わる仕事に就いている主体の緊迫と壮絶な日常をかいまみた。この連作を書き上げようと思った主体には何か己の中で消化しきれない思いがあったのではないだろうか。自死という悲しい現実を食い止めたい使命。何も施せない無力感。それでも主体は己の使命を果たそうと今も日々、もがいているのではないだろうか。

自死を選択せざるを得ない人々が決断し実行する前段階に医療機関はもちろん身近な人に相談でき思いとどまれる社会になりますように。
切実に願いを込めて。


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