カミナリくん


きのうの、おひるのこと。

ぼくは、ひとりで家にいて、お母さんのつくってくれたチャーハンを食べていた。

テレビでは、オリンピックのはなしとか、どこかでヒョウがふりました、って、お天気のお兄さんが、石ころみたいな氷のつぶを、手にのせて笑っていた。


そのとき、ぼくのうちの、窓の外も、少し暗くなって、遠くから、ゴロゴロゴロゴロ…ひくい、太鼓のような音が、聞こえてきたんだ。


(いやだなぁ)

ぼくは、空を見た。おとなりの家の屋根の、ずっとむこうのほうが、真っ黒い雲でおおわれている。

(どうか、きませんように)


ちいさいころ、いとこのお姉ちゃんが、「カミナリさんにおへそを食べられちゃうよ」って、ぼくに話したもんだから、ぼくは、すっかりカミナリがこわくなった。

もちろん、もう大きくなったから、そんなの作り話だって、知ってるけど。でも、やっぱり、ねえ。


ピカッ


空が光った!


(1、2、3、4、5、6、7、8、9、)

ガラガラガラガラ・・・・


ぼくは、いなびかりが光ると、心の中でカウントしてしまう。10秒より早くカミナリが落ちると、カミナリが近くにいるってことなんだって、お父さんが教えてくれたから。


って、近いじゃないか!


ぼくは、食べかけのチャーハンをそのままにして、ソファで寝ている、犬のハッチを抱き上げ、ひざにのせた。そして、ソファのすみに、ぴったりと背をつけて座った。


窓の外では、カミナリたちが大騒ぎをはじめたようだ。

ピカッ!・・・・・・・ゴロゴロゴロ…

7秒!

ピカッ!・・・・ゴロゴロゴロ…

3秒!!

光ってから、カミナリの鳴るまでの間が、だんだん短くなる。


(はやく、はやく、遠くへいってしまえ!)

そのとき、『ドシン』庭に、何かが落ちる、音がした。


ぼくは、ハッチを抱いて、窓の外を見た。

ウッドデッキに、しりもちをついている、男の子がいた。


「いっててててて。」

男の子は、白い髪をして、グレーのTシャツとズボンを着ている。背は、ぼくと同じくらいか、少し小さいかもしれない。

「おい!」

ぽかんと口を開けて外を見ていたら、目が合ってしまった。

「水くれ、みず!」

どうしよう。


ぼくは、キッチンにもどると、お父さんのマグカップに水を入れて、男の子に持って行った。窓を開けるのは、こわかったけど、でも、この男の子は、イヤなやつじゃない、って、そんな気がしたんだ。


男の子は、いきおいよく水を飲みほした。口のまわりに水がこぼれてるけど、あまり気にしないようだった。

「ありがとう、たすかったー。」

そう言って、ぼくにマグカップをかえすと、空をじっと見上げている。


「あーあ、もどるのいやだなあ。めんどくさいな。」


ぼくは、すっごくがんばって、のどの奥から声を出した。

「あのさ、きみさ、あの、空から来たってさ、、カミナリ?」


「ああ。」男の子はこたえた。「でもな、ニンゲンに会っちゃあいけないことになってるんだ、だから、ナイショにしてくれ。あーあ、オレは、カミナリむいてないんだ。いつも、こうして失敗ばっかりしてる。」

ぼくは、なにか、言ってあげたいと思ったけど、言葉がなかなか出なくて、困って、テーブルの上にあった、アンパンを、わたした。


「なんだ?くれるのか?」

男の子は、袋をあけると小さなアンパンが5個入っているのを、次々と、口に入れていく。

ぼくは、むしゃむしゃと、アンパンを口に入れて空を見ている男の子を見ながら、言った。

「ぼくも、ぼくもさ、ニンゲン、むいてないんだ、って、よく思うよ。きょうも、学校、休んじゃった。」


男の子は、チラリ、と、ぼくを見た。

「おまえは、いいヤツだ。オレは、そう思う。」

男の子は、そういうと、立ち上がった。


「ま、オレはバカだし、苦手なことばっかりなんだけどさ、オレにも、好きなことはあるわけよ。ま、ちょっと、見ててくれよな。このお礼に、スペシャルすごいやつを、出してやるぜ。」


ぼくが、アンパンの袋を受け取って、ハッチを床におろして、もう一度外を見たとき、もう、男の子の姿はなかった。


そして、空には、いままで見たこともないほど、大きな虹が、かかっていた。


「すごいなー、すごいじゃん、おまえ、最高にかっこいいよ!」


黒い雲は、もう、空の向こうの方へと、遠ざかっていて、雨上がりの庭は、キラキラと輝いていた。






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