はじまりとおわりのおはなし
ある朝、おばあさんは、小さな子どもの泣き声で、目を覚ましました。
おばあさんは、布団から出て、めがねをかけました。
泣き声はどうやら、おばあさんと一緒に住んでいる、黒い犬の方から聞こえてきます。
おばあさんが行ってみると、寝そべっている、黒い犬の頭をなでながら、ちいさな女の子が泣いていました。
どこの子だろう? そばに行って、おばあさんは、おどろきました。
それは、ちいさな子どものときの、おばあさんに、そっくりだったからです。というより、ちいさな女の子の、おばあさんが、泣いていたのでした。
「やっぱり。この子は、おばあさんだね? そうだと思った。」黒い犬が、言いました。
「なんでまた、こんなことに? ちょっと、ねえ?」おばあさんは、女の子の背中に、やさしく手をおいて、聞きました。
すると、女の子は、おばあさんにしがみついて、
「だって、だって、この犬がいなくなってしまったら、どうしよう?」
そう言って、しくしくと泣くのでした。
「つまり、おばあさんの中の女の子が、ぼくとのお別れがさみしくて、やってきた、ということだね。」黒い犬が、しずかに言いました。
「ねえ、しんじゃだめだよ、ごはん食べてくれなきゃ、いやだよう。」女の子は、犬の頭に、自分のおでこを近づけて、また泣きました。
おばあさんは、その様子を、だまって見ていました。
少し前から、おばあさんの大好きな、この黒い犬が、ごはんを食べなくなって、お散歩にも行かなくなってしまって、おばあさんは、とても心配していたのです。
「しかたのないことなんだよ、これは。」そう、黒い犬は言いました。
おばあさんは、悲しくて仕方がなかったけれど、黒い犬の前で、泣いてはいけないような気がして、いつも、笑っていました。女の子は、そんな、おばあさんのかわりに、泣いてくれているのでした。
「ねえ、おばあさん。この子のために、おはなしをしてあげてよ。うきうき、楽しくなるような。さびしい気持ちを、なぐさめるような。そんな、お話をつくってあげて。」黒い犬は、そう言いました。
「おはなしって…困ったね、わたしにできるかな?」
「できるよ、ぼくが手伝うから。一緒につくろう。」
こうして、毎日、ひとつ、おばあさんと黒い犬は、おはなしをつくりました。そして、女の子に、聞かせてやりました。
女の子は、毎日、おはなしを楽しみにしていました。オバケのはなしや、かぞえうたを、にこにこしながら聞いていましたが、9つ目のおはなしをつくったその朝に、とうとう、黒い犬の息がとまり、もう目を開けることは、ありませんでした。
お別れの朝、女の子とおばあさんは、黒い犬をなでながら、たくさんの『ありがとう』を伝えました。そして、黒い犬を、天国に、見送りました。
おばあさんは、それでも、おはなしをつくり続けました。黒い犬のすがたはありませんでしたが、まだ、おばあさんと女の子の近くにいてくれるのを、かんじていたからです。
女の子は、おはなしがひとつ増えるごとに、少しづつ、元気になっていくように見えました。
犬がいなくなって、47日目の朝のこと、おばあさんの家の、小さな庭に、ひまわりの花が咲きました。
「ねえ、おばあさん、あのこの花が、咲いたよ!」
ひまわりにしては、ずいぶん小さな花でしたけれど、女の子はたいそうよろこんで、庭に出ていきました。そして、そのまま、朝のひかりのつぶになって、おばあさんの思い出の中に、きえていきました。
「とうとう、みんな、いなくなってしまった。」
おばあさんは、ひとり、机に向かって、ノートをひらきました。
そこには、黒い犬とつくったおはなし、女の子に聞かせてあげたおはなしが、たくさん、残っていました。
「ありがとう、これからも、一緒にいてちょうだいね。」
ノートの中の、56個のおはなしは、おばあさんの心を、あたたかく、照らしているのでした。
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