ゆみちゃんのこと


「ゆみちゃん、ずるいよ!」

なかよしのなおちゃんに言われて、ゆみちゃんは廊下に座り込んで泣いていました。

もうすぐ給食の時間です。

「お片付けだよ~!」お当番さんの声かけに、みんながお片付けを始めたのですが、今日も、ゆみちゃんはお片付けをせずに、廊下に出てしまったのです。

外は雨ふりで、ほし組のお部屋には、プラレールやおままごと、ブロックなどのおもちゃが、たくさん散らかっていました。


ほし組のまりこ先生は、その様子を黙って見ていました。

(どうして、今日のお片付けはしてくれないのかな?何が嫌なんだろう?)

ゆみちゃんは、昨日のお外遊びでは、三輪車やフラフープのお片付けをしてくれました。よく先生のお手伝いをしたり、保育園の年下のクラスの子どもたちのお世話をしたりするのが大好きな、やさしい女の子です。

でも、前から、ときどき、こういうことがあるのです。


(ひょっとして…)

まりこ先生は、ゆみちゃんのところに行って、「先生と一緒にお片付けしようか?」と言うと、ゆみちゃんの手をつないで、小さなブロックがたくさん散らばっているコーナーに行きました。

「いや!」

ゆみちゃんは、先生の手をパッと放すと、両手で耳をふさぎました。


(やっぱり、そうかな?)

「ゆみちゃん、ブロックの音が嫌いなの?」まりこ先生は、小さくしゃがんで、ゆみちゃんの顔を見ながら、やさしく言いました。

「うん。」ゆみちゃんが小さくうなずきました。


「じゃあ、先生がかわりに、ゆみちゃんのお耳をふさいであげるから、そうしたらお片付けできるかな。」

ゆみちゃんは、不安そうな顔をしましたが、先生が後ろからゆみちゃんの耳をふさぐと、がんばってブロックを箱に入れてくれました。

「ゆみちゃん、お片付け、できたね!」

まりこ先生がそう言うと、ゆみちゃんはちょっぴり笑顔になって、手洗い場に走って行くと、給食の準備を始めました。



「まりこせんせい、ゆみちゃんの、あれはどういうことですか?」

その日の午後、ほし組のもう一人の担任の、たかひろ先生は、まりこ先生に聞きました。

「うん、ゆみちゃんは、お片付けをしたくないわけじゃなくて、音が苦手なんだと思うの。おもちゃを箱に入れる時に、ガチャガチャ音がするじゃない?あれよ。外遊びではあまり気にならない音も、室内では響くし。」まりこ先生は、連絡帳を書く手を止めて言いました。「ゆみちゃんは、音に敏感じゃない?泣き声にもすぐに気づくでしょ。」

「あー、泣き声!『先生、泣いてるから早く行ってあげて』って必死に言ってくるのは、苦手だからかあ。」たかひろ先生にも、ゆみちゃんのそんな姿に覚えがありました。「あ、そういえばこの間、お母さんが言ってました。外出先のトイレの風が出るやつ、あの音が怖くて、今まで入れなかったけど、最近コロナ対策で、どのトイレも使えなくしてあるから、外でもトイレに行かれるようになったって。」

「やっぱりそれだー!」まりこ先生と、たかひろ先生は声をそろえて言いました。

「プラスチックのおもちゃの音って、うるさいもんね。」

「ゆみちゃん、今まで辛かったでしょうね。」


そういうわけで、先生はゆみちゃんのお母さんに相談をしました。そして、お母さんは、すぐに、ゆみちゃんのような聴覚過敏の子どもが使う『イヤーマフ』を買ってくれました。

イヤーマフは、ヘッドフォンのような形をしています。ゆみちゃんの買ってもらったイヤーマフは、ゆみちゃんの大好きな水色で、お母さんが”YUMI”と、アルファベットのシールを貼ってくれました。


つぎの日、ゆみちゃんは保育園に着くと、たかひろ先生に、こっそりカバンの中を見せました。

「おお~かっこいいじゃん!」たかひろ先生がそう言ってくれたので、ゆみちゃんは少しホッとしました。みんなに、「へんなの!」っていわれたらどうしよう、って心配だったのです。


朝の会では、まりこ先生が、ほし組の子どもたちみんなに、お話しをしました。

「ゆみちゃんは、他の人よりも、いろいろな音が聞こえやすい耳をもっています。人の耳のすぐそばで大きな声を出していいんだっけ?ダメだよね、耳が痛くなっちゃう。耳は、とても大切な所だからね。

人よりも聞こえやすい、ゆみちゃんの耳は、大きな音や、うるさい音がすると、それが遠くで鳴った音でも、すぐそばで聞こえたようにびっくりしちゃうし、痛くて苦しくなってしまいます。だから、この『イヤーマフ』をつけて、守ってあげることにしました。

ゆみちゃんの耳を守る、大切なものなんですよ。」


「ゆみちゃん、よかったね!」なおちゃんに言われて、ゆみちゃんは嬉しそうに、「うん!」と言いました。


その日のお当番さんは、ゆみちゃんとなおちゃんでした。

ゆみちゃんは、お部屋遊びの時間からイヤーマフをしていたので、お友だちが大きな音を出しても、安心して遊ぶことができました。そして、お片付けの時間になると、なおちゃんと一緒に、

「お片付けだよー!!」

大きな声で伝えると、大張り切りで、お片付けに参加しました。







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