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【詩の森】ベクレル時計-内部被曝の恐怖

ベクレル時計-内部被曝の恐怖(とても長いです)
 
僕は時々
不安に駆られることがある
あの時
この町の上空を放射性プルームが通過し
この辺りもホットスポットになった
近くの公園では除染作業も行われた
あれから10年
僕の体の中には
すでに
たくさんのベクレル時計が
埋め込まれているのではないだろうか
そんな焦りにも似た
不安である
 
それは
放射能について
調べていた時のことだ
そこには
『1ベクレルとは、
1秒間に1つの原子核が崩壊して
放射線を放つ放射能の量である。』
と書かれていた
そうだったのか
1ベクレルの放射性物質は
寸分の狂いもなく
1秒間に1個の放射線を出し続ける
まるで
時計のようではないか
そこで僕はそのイメージを
ベクレル時計
と名付けたのだ
 
セシウム137に
限っていえば
福島第一原発事故では
広島原爆の168倍もの放射性物資が
放出されたという
環境中の放射性物質から
放たれた放射線が
僕らの体を貫通することを
外部被曝という
人体への影響の大きさを示す
この国の
公衆被曝線量限度は
年間1ミリシーベルトに
規定されている
 
様々な核種の
放射性物質はみな
ひとりでに減衰していく
その威力が半分になる半減期は
ヨウ素131では8日
セシウム137では30年
プルトニウム239では
2.4万年といわれている
この物理学的半減期を
繰り返して
威力が1/1000になるには
その10倍の時間が必要だ
つまり
汚染された地域から
セシウム137の威力が
ほぼ無くなるまでに
300年の歳月を要するというわけだ
その間僕らは
被曝の危険に晒され続ける
 
いっぽう
呼吸や食物を通して
放射性物質そのものを
体内に取り込んだ場合は
もっと厄介だ
これは内部被曝といわれる
外部被曝ならその場を離れてしまえば
一回こっきりだが
内部被曝は違う
想像しよう
僕らの体内に取り込まれた
ベクレル時計を―――
たった一つのベクレル時計が
そこに在る限り
僕らが受け取る放射線の数は
経過した秒数と同じだけ
増えてゆく
考えただけで
ぞっとしないだろうか
 
しかし実際には
体内に取り込まれた放射性物質は
代謝によって減衰してゆく
この生物学的半減期は
セシウム137では
70日といわれている
つまり
物理学的な半減期と
生物学的な半減期の双方が相まって
放射能は減衰していくのだ
しかしこの間
物理学的には殆ど減衰しないから
セシウム137は
70日の10倍の
700日(約2年)で
およそ
1/1000になるだろう
この間に受ける放射線の数を
計算してみると
ざっと3000万本になる
 
目には見えないけれど
痛みがあるわけではないけれど
僕らの体は
もう10年以上もそんなことを
繰り返していたのでは
ないだろうか
現在の食品安全基準値は
100ベクレル/kgである
もし仮に
この食品を100g食べたとすると
体内には10個のベクレル時計が取り込まれ
約2年間活動することになるだろう
それが出す放射線の総本数は
約3億本だ
もし何も知らずに
そんな食事を繰り返していたら
この先僕らの体に
どんな影響がでてくるのだろう
 
放射線の大量被曝は
急性放射線障害を引き起こし
人を死に至らしめる
その理由は簡単だ
放射線のもつ莫大なエネルギーが
人を分子単位で
内部から破壊してしまうのだ
人間の体の化学反応に必要な
エネルギー値と比べると
放射性粒子のそれは
その数百~数千万倍だといわれている
人体が
放射線に太刀打ちできる
わけがないのだ
このような放射線を
一体誰がどうやって
被曝なしに管理できると
いうのだろう
 
外部被曝と内部被曝
僕らは
今も二つの脅威に晒されている
一度に大量に浴びれば
即死することもある放射線だが
低線量被曝は
長い歳月をかけて
ゆっくりと僕らの体を蝕ばんでゆく
これを晩発性放射線障害という
そこには
癌・白血病・白内障・悪性貧血
老化・寿命短縮などが含まれるという
それは被曝者にとって
不安と恐怖以外の
何ものでもないだろう
事故当時
テレビから盛んに流されていた
「直ちに影響はない」という言葉は
裏を返せば
長期的影響は避けられないという
意味でもあったのだ
 
僕は時々
不安に駆られることがある
あの時
この町の上空を放射性プルームが通過し
この辺りもホットスポットになった
近くの公園では除染作業も行われた
あれから10年
僕の体の中には
すでに
たくさんのベクレル時計が
埋め込まれているのではないだろうか
そんな焦りにも似た
不安である
これを杞憂だといって
笑いとばすことは
今の僕には
もはやできないのだ―――
 
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
 

 

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