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貴方の愛が背中を押した~『ぴたテン』書評~

 「料理へたくそでもコンビニで買っちゃえばいいし
 部屋汚くてもいつも後回し。」
 という歌いだしで始まる『wake up angel~願いましては∞なり~』はアニメ『ぴたテン』のオープニング曲である。
 この曲の好きな歌詞は「計算しても経験しなきゃ全部わからない」「愛することと愛されること願いましては無限なり」という部分で、明るい曲調だけど、ハッとする言葉が歌詞の中に混ざっているのがいい。

 今回は私の好きな『ぴたテン』という漫画について語っていこうと思う。
 この記事は漫画のネタバレを含むので、了承したうえでご覧になってほしい。

あらすじ

小学6年生の樋口湖太郎のもとに天界から美紗という天使が舞い降りてきた。天真爛漫でひょうきんな性格の美紗は初めて会った時から湖太郎に「私と付き合ってくださいっス」と告白する。それからまるで、ずっと昔から好きだったかのように引っ付いて離れない。  
 湖太郎といえば、小学生と思えないほど冷めた性格をしていてそんな美紗をうっとうしく思っている。ずっと引っ付いていて離れない天使だから『ぴたテン』。人間界に来た美紗の目的は「湖太郎君を幸せにすること」


その後の展開(ネタばれ)

 この漫画は「人間と人外の共存の否定」という何とも重い題材をテーマとしている。
 ここで言う人間とは主人公の湖太郎たちで、人外は天使や悪魔と言った空想上の存在を表している。
 美紗が湖太郎の元に現れたのは、過去に湖太郎の先祖(名前は小太郎で湖太郎の前世)を自殺に追いやってしまった罪が大きく関係している。
 皆んなから除け者にされている孤独な小太郎は天使が見える特異な体質を持っていて、美紗と出会い恋人になる事が出来た。しかし、美紗は天界での「人間と深く関わるな」という掟を破ってしまったので、姉の早紗に説教を受ける。それを偶然聞いてしまった小太郎はショックを受け、死ぬことで美紗の所へ行けると妄信し、自死を選ぶ。
 この事が天界での大問題となり、美紗は天使を剥奪され黒い服を着せられて隔離生活を余儀なくされてしまった。が、小太郎が湖太郎へ転生した事が機転となって「樋口湖太郎を幸せにする事」を天使昇格への試験とし、湖太郎の元へ来たのである。美紗は、湖太郎に過去の恋人であった小太郎を重ねて「ずっとそばにいる事が湖太郎(小太郎)の幸せ」と思ってピタっと引っ付いているわけなのだ。

 が、これは真の湖太郎の幸せにならないと判断される。ストーリーの後半では湖太郎も美紗の純粋な愛情に心惹かれて2人はお互いに想い人になっているのだが、天界での掟「人間と深く関わるな」に反しているので2人がずっと一緒にいる事は天使試験の合格にならない。
 それどころか、このまま試験に落ちてしまえば美紗は消滅するとの事。幼い頃に母親を交通事故で亡くし、紫亜という大事な人も亡くしてしまった湖太郎は美紗さえも自分のもとから去っていくことに恐怖を感じた。
 湖太郎は、美紗と離れる事を嫌がって間近に控えた中学試験の勉強も拒否し、美紗の傍に引っ付いて離れなくなってしまう。心がすり減っていくような湖太郎を見ていた美紗は、中学試験当日(美紗の天使試験の日と同日)に「今の湖太郎くんは幸せに見えない」「天使の仕事は人間が幸せになる方へちょっと背中を押すこと」といい湖太郎を送り出した。
 試験会場までの道中、湖太郎は天と小星という2人の友達に出会う。この2人も作中で色々な困難を抱えるのだが、試験当日には各々の問題と向き合って答えを出した。
 そんな2人の姿を見て、自分を垣間見た湖太郎は「僕も自分の力で立ち上がらなきゃいけない。美紗さんのためにも」と自身を奮い立たせ試験に臨む事が出来た。
 最後は、美紗の消滅を食い止めるため「僕の姿を天使が見えない体にしてほしい」と望み、美紗はそれに応えるべく、試験で一度だけ使える「天使の力」を使い晴れて天使試験に合格し、湖太郎の眼に一瞬だけ天使になった自分の姿を見せ消えた。
 その後、無事中学に入学した湖太郎はふと自分の背中に美紗がいる気配を感じ、自分はこれからも自分に恋した天使と共に歩いていくと実感したところで物語は終わる。


いつか大人にならないといけない私たち

 子供のころ、アニメをみて二次元に夢中になっていた時期があった。それはドラえもんに始まり、ガッシュベルやおジャ魔女どれみ、学生時代にはひぐらしのなく頃にやクラナドといったいわゆる「萌え」や「オタク」といわれてしまうジャンルにも陶酔した。
 もともと友達付き合いが苦手な私は、小さなころから一人で過ごすことを好んでいたのもあり、自然と二次元を心の拠り所にしていた。自分に合わない陽気かつ強気なクラスメイト(所謂一軍女子といわれる子たち)と距離を置き、球技が苦手な私はそのような子たちと余計に壁を作ってしまうわけだがそんな私も社会人となり、人間関係に壁を作ってはいられなくなった。
 苦手な人ともコミュニケーションを図り、社会の責任を負い、自分で問題にぶち当たったら自分で解決しなければいけない。そして、一人で生きていけるようなスキルを身につけなくてはいけない。これを人は「大人になる」というのだろう。
 『ぴたテン』の湖太郎が天使という非日常にすがってしまったのは、そこが心地よい環境だったからだ。自分に無償の愛を与えてくれた美紗の存在は私にとっての二次元(創作物)なのだ。けれど、「人間と人外の共存の否定」をテーマに掲げた作者は湖太郎を現実と向き合わせた。湖太郎は「美紗とずっと一緒にいたい」という願いと「美紗が消滅してしまう」という問題を天秤にかけて悩んだ末、現実と向き合い美紗を救う事を選んだ。たとえそれが大切な人との別れであっても。

 「人間は天使が見えちゃいけないんだ。美紗さんがいることで、僕はこれからもずっと美紗さんに頼ってしまう。」
 「僕はここで生きていくから。だから僕が歩きだすときに僕の背中を少し押してほしい。」
 美紗に伝える湖太郎の顔は少し悲しそうで、そんな湖太郎を見て美紗も悲しそうな顔になる。しかし、美紗もまた
 「私も湖太郎くんがいると、湖太郎くんに頼ってしまう。だめ天使っスね」と語る。
 美紗も湖太郎に依存していたところがあったため、この湖太郎の決意もまた、美紗の背中を押したのだろう。
 そして、美紗の一途な愛も湖太郎の背中を押した。最後らへんのページで、湖太郎が誰かに背中を押されたような感じを受け、湖太郎はそれを美紗だと確信するシーンがある。

 非日常に陶酔しすぎると、現実逃避したくなる。本当は現実で誰かを愛したいのに、裏切られるのが怖いから二次元の恋人を作るように。本当は誰かと関わっていかなきゃいけないのに、それが上手くできないから部屋にこもってアニメを見続けてしまうように。
 けれど、私たちはそんな逃避状態から途端に現実へ引き戻される時が「大人」になることでやってくる。
 不思議なことに私自身も、大人になったら自然とアニメを観なくなってしまい、漫画もそれほど買わなくなった。完全に卒業したわけではなく、今でも二次創作は大好きだ。ただ、昔のような活気はなくなってしまった。
 それは私が大人になったからだろうか。

 けれども、あの時に感じていた「楽しい」という気持ちは残っている。実際、アニメや漫画から得た教訓は今でも覚えている。
 それもまた私を作る大事な要素になっているのだ。今はあの時みた二次元の思い出を心にしまっている。
 その思い出は日常のふとした瞬間に顔を出す。
 「幸せの方向にちょっと背中を押す」かのように、ほんの少しだけ。
 それで十分じゃないかと思う。

今あるものに目をむけて

 大切な人を何人も失ってしまった湖太郎だが、完全に独りになったわけではない。湖太郎には天や小星などの友達がいるし、父親という家族もいる。
 そして何より、大切なものはこれからまた出来ていく。これからもたくさんの困難が待ち受けているし、別れも経験するけれど、それらを乗り越えていける強さをすでに身に着けたから、本書を読んだ読者も清らかな心でこの物語を見終える事が出来るのだろう。

さて、ここまで読んでくださった方がいらっしゃったのならとても嬉しいです。長々とした文章を読んでくださってありがとうございました。
 もし、気になったらぜひ原作をご一読下さい。












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