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ポスト資本主義のアートマーケットとは?アートの市場とは結局何なのか?

アートの価値や値段の話が、一時期よく話題になっていたように思います。以前オークション会社で働いていたことがあるので、アートのマーケットについて中から見ていて思ったことを書いてみようと思います。


アートマーケットとは何か?

近年過熱ぎみだったアートの売買(特に現代アート)ですが、最近は少しずつ落ち着きを取り戻してきたようにも思います。

アート作品の売買の話をするときに、「アートマーケット」という言葉が使われることがあります。(マーケットが好調とか、過熱ぎみとか。)
でも実際にアートマーケットとは何か?と聞かれると、実はぼんやりとしかイメージできない気がしないでしょうか?

アートマーケットは、株式などを取引する証券市場や、野菜や魚のような卸売市場のような、具体的な場所を指している言葉ではありません。
「国内市場」や「金融市場」のような、需要と供給が発生する抽象的な場を指す言葉です。アートを売り買いしている場を総称して「アートマーケット」と表現しています。


Image by Tumisu from Pixabay

アートマーケットを分析する

とはいえ、それだけでは抽象的すぎて、トレンドや取引の増減が測れないので、欧米のアートマーケットレポートなどでは、オークション、アートフェア、ギャラリー、オンラインサービスといったいくつかの数値化できる場を対象にして、その売上高や傾向を測っています。

アートマーケットレポートを読む

有名なところでは、世界最大のアートフェアであるアートバーゼルと金融グループのUBSが共同で発表しているART MARKET REPORTがあります。
世界の取引高やマーケットシェア、動向が分析されています。
無料でダウンロードできますので、ご興味ある方はぜひ見てみてください。

他にもArtsy、artnet、Mutual Art、artpriceなど、様々なサービスが独自のレポートを発表しています。

こうしたアートマーケットのなかでも、特にオークションは、落札価格の公表が必須とされています。
これは法律などで定められているわけではなく、信頼のためにそうするべきという業界内の暗黙のルールだと思います。(日本国内では少なくともそうですが、海外では違うかも。)
この落札情報の開示が取引の透明性と信頼の証となるため、結果や価格の修正、隠匿は基本的に行いません。*
そのため価格や取引の実態を追うことが難しいアートの業界で、マーケットレポートや市場動向の分析にはオークション結果が多用されています。

*一部には、結果の修正をしたり、公表しないオークション会社もあり、一時期問題となっていました。
(不落札の履歴を残さないよう売れたように見せてしまったり、実際の競りよりも高く売れたように改ざんする行為などがあります。)
3大オークションハウス(クリスティーズ、サザビーズ、フィリップス)と呼ばれる大手をはじめ、多くの会社では情報開示の原則に則っているので、価格操作などの懸念は少ないと思います。

UnsplashのIoana Cristianaが撮影した写真

ギャラリーやアートフェア、オンラインの販売サービスについては、恐らくアンケートや取材、公開された財務諸表などから分析を行っているのではと思います。
作品の価格は、購入を検討する人には教えてもらえます。作品の近くには値段が書いていないことが多いですが、その場合もプライスリストが用意されているので、値段がわからないときは、聞いてみるといいと思います。
(※高額で貴重な作品は教えてもらえないことも多々あります。)

また現在では、そこには入り切らない、アーティストとコレクター、コレクター同士の直接取引や、SNS上の取引も多くありますが、このあたりの数字はあまり反映されてないと思われます。

アートマーケットは不透明?マーケットはコントロールされているのか?

アートマーケットは不透明で、騙されそうという話は、以前はよく耳にしました。今は、インターネットのお陰でアクセスできる情報も増えましたので、以前ほどの不透明感はなくなっているように思います。

アートマーケットはコントロールされているのか?という疑問については、そうとも言えるし、そうでないとも言える、というのが正直な感想です。

オークション会社がコントロールできるか、と問われれば、答えは否でしょう。難しいと思います。そもそも参加者を制限することもできませんし、予測や営業、駆け引きはできても、誰が何をいくらまで競るか、正確に事前に把握することはできませんし、理由なく入札を拒むこともできません。
そのため、予想金額の何倍もの値段がついたりします。

コントロールできる、というのは、一部の人の強い影響力によって、売れる作品が決まってしまうという意味においては、そうとも言えると思います。

長らく、メガギャラリーと呼ばれるグローバルに展開するアートギャラリーや、有力な美術館、キュレーターによって、そうしたアーティストや作品が選ばれてきました。現在も欧米を中心としたアートワールドのこうした仕組みは機能していますが、徐々に状況は変わりつつあります。

ひとつには、アートのアイコン化があると感じています。
古くはテレビや雑誌、現在ではSNSなどで、インフルエンサーと呼ばれる人々が、お気に入りのアーティストの作品を購入し、そうした作品を所有していることを一つのステータスとして共有するようになっていきました。
近しい人間関係からはじまり、同じカテゴリーの人間であると感じる人々が、似たような作品を購入し、更にフォロワーへと広がっていくという、ファッションや遊び方といった、仲間を見分けるひとつのアイコンとしての役割をアートが果たしているように見えます。

これは、アカデミックな領域から、美術史を開放する流れでもあったわけですが、プラットフォームやSNSの発達とともに、アテンション・エコノミーに飲み込まれ、作品の見た目に偏った人気取りのゲームの要素も生み出しました。

現在はどうでしょうか?
こうした流れもまた、更に変化してきているように見えます。
このあたりは詳しくみると面白そうなので、また別の機会にまとめてみたいと思います。

アートマーケットの変遷

アートマーケットは右肩上がりに成長しているのか?

アートの値段は、特にコンテンポラリーアート(現代アート)といわれるジャンルにおいて、ずいぶんインフレを起こしているように見えます。
株価についても同じことがいえると思いますが、リーマンショックで一度価格が下がったあと、右肩上がりに取引額が増えています。
特に2020年以降、コロナ禍で各国が実施した金利引下げによるものと思われるインフレは目を見張るものがあります。
S&P500とartprice社が発表しているPrice Index(1998年を100とする)のチャートを比較してみました。
S&P500とcontemporary artのインデックスに相関が見える感じがしないでしょうか?

S&P500, Google Finance
THE PRICE INDEX FOR CONTEMPORARY ART VERSUS THE ARTPRICE GLOBAL INDEX (BASE 100 IN JANUARY 1998), The Contemporary Art Market Report 2023, artprice.com


アートに関しては、コロナ禍で美術館は閉鎖を余儀なくされ、資金繰りのために、本来ならありえない貴重な作品を売りに出した、というような事情もありましたので、一概にインフレとはいえませんが、やはりS&P500と似た部分があるように思います。

一方で気になるのは、artprice.comのグラフをみると、コンテンポラリーアートの価格が高騰しているにもかかわらず、Artprice Global Index、つまりアートマーケット全体の取引高自体は2008年を境に徐々に下がっているということです。

これは、コンテンポラリーアートという成長市場に一極集中しているということで、裏を返せばその他のジャンルは、取引高が格段に減ってます。
つまり、コンテンポラリーアートのマーケットは、概ね右肩上がりに成長をしている、しかしマーケット全体としては、緩やかに縮小している、といえると思います。

気をつけたいのは、アートには作品の売買以外にもお金の流れが多数あるため、マーケットの縮小がイコールで、アート全体への投資が減っているとはなりません。単純に作品の売買という切り口でみると、縮小しているといえる、ということです。
とはいえ、コンテンポラリーアートはインフレしている、と理解した上で冷静に市場を見ていく必要があります。

現在のアートマーケットの状況

こうした状況と並行して、アジアやアフリカ、中東の国々でもアート作品を購入する層が増えてきました。日本でもアート専門誌以外でも定期的にアート特集が組まれるなど、アート作品を購入することが、一昔前に比べてずいぶん一般化してきたようにも思われます。
コロナ禍の落ち込み以降、2021年にはコンテンポラリーアートのジャンルで史上最高額の取引を記録するなど現在も好調なアートマーケットではありますが、変化の兆しもあるように思われます。

ジェンダー格差、エコロジーへの関心の高まり、ポストコロニアリズム、Black Lives MatterやMee to運動など、欧米の白人男性を中心とする中央集権的な美術史やマーケットへの批判から、アートワールド自体はずいぶんと変化しています。

Art Review紙が毎年発表しているPOWER 100をご存知でしょうか?
アート業界への影響力の高さをArt Review紙が独自に集計し、年に一度ランキングとして発表しているものです。
このリストを2003年と2023年で見比べてみると、その違いが見えてきます。

Art Review Power 100

2003年はフランソワ・ピノー(ラグジュアリーブランドを擁する仏コングロマリットのオーナー)、ロナルド・ローダー(エスティー・ローダー創業者)、ラリー・ガゴシアン(ガゴシアンギャラリーオーナー)など、コレクターやメガギャラリーのオーナー等、高額な取引をした人物が上位を占めています。

一方で2023年には、ナン・ゴールディン、ヒト・シュタイエル、リクリット・ティラヴァーニャらアーティストが主体となり、人種や国も多様性が広がり、更にThinker(思想家)の影響力も増していることが分かると思います。

20年前と比較して、今や取引額(作品の金銭的価値)が、アートの業界への影響力と比例していないことがわかります。
(こうしたアーティストの作品はもちろん高額ですが、流通する作品数がそれほど多い訳ではありません。)

20年間でアートワールドの価値観が変化していることが、これだけでもよく見えてくると思います。

ヒト・シュタイエルをはじめ、こうしたランキングについても批判の声は多々ありますが、興味深いものだとは思います。


ポスト資本主義のアートマーケット

もともとアートの世界では、高額な作品であることが、イコール優れた作品ではないとされてきましたし、商業的な成功を追い求めることに対する批判は根強くありました。
しかし、新自由主義的な流れのなかで、グローバル・ビジネスが強い影響力を持ってきたことも事実であり、アートマーケットで勝ち抜くことが一つのわかりやすいアーティストの成功のように見えていたように思います。

アーティストたちはむしろそうした状況をハックし、批判的に利用し、表現していたとも考えられます。(ただ稼ぎたい、というアーティストもいたでしょうが。。)

それでも、アートの世界はすでに、作品の値段では測れないものに、価値基準を移しはじめているといえると思います。

このあたりがアートの面白さだと思っています。
哲学者のアンリ・ベルクソンがいっていることでもありますが、私たちが意識しているかどうかにかかわらず、社会が気づく、もしくは変化するより少し早く、アーティストたちは何かに気づいて、表現しはじめるのです。

アートマーケットはどうなっていくのか? ヒト・シュタイエルの予測

2023年のPOWER 100で2位に選出されたヒト・シュタイエルは、2019年に今後のアートワールドがどうなっていくのかと聞かれたインタビューで、以下のように答えています。

There is no centre—just aggressively contracting fortresses of local canons, and less connections in-between. Some aspects of it also make sense: the art world has been relying for too long on cheap airfares and fossil-based tourism and transportation. The challenge now is to maintain communication in a sustainable way, beyond monopolist communication platforms. The artist residency economy needs to be reimagined too, with its paradigm of enforced nomadism.

もはや中心は存在しません。ただ、積極的にローカルなカノン(正典)の要塞に立てこもり、その間のつながりが希薄になっているだけです。アートの世界はあまりにも長い間、格安航空券や化石燃料を利用した観光や交通手段に頼ってきた。今の課題は、独占的なコミュニケーション・プラットフォームを越えて、持続可能な方法でコミュニケーションを維持することだ。アーティスト・レジデンス経済も、強制的なノマディズムのパラダイムとともに、再考される必要がある。
(※翻訳は素人の意訳です。間違っているかもしれませんので、参考程度にご活用ください)

"Hito Steyerl: How To Build a Sustainable Art World" OCULA 2019.10.18
https://ocula.com/magazine/conversations/hito-steyerl/

これはキュレーターのオクウィ・エンヴェゾーがメインストリームを押し広げたことについて、現在のアートワールドの中心はどうなっていると思うか、と問われたヒト・シュタイエルの答えです。

アートワールドという一つの大きな物語は消え、いくつものローカルがそれぞれに活動を続ける。それをどう維持していけるか、ということを考えています。

ヒト・シュタイエルはこれまでのアートマーケットのあり方を批判する本を出版しています。ご興味がある方はぜひ読んでみてください。


実は、現在京都市京セラ美術館で個展「村上隆 もののけ 京都」が開催中の村上隆は、この流れで分析すると本当に面白いし、恐ろしいほど時代を読むことに長けていると感じます。別の機会にそちらも文章にしてみたいと思います。


最後までお付き合いいただきましてありがとうございました!




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