パジャマパーティー・トゥナイト Part2
キネとミノ#7
あらすじ
さまざまなことがありながらも楽しい夏休みを終えようとしているキネとミノ。二人は夏休みの締めくくりにそれぞれの家へ泊まりに行き、パジャマパーティーをしながら夏の思い出を語り合う。そこでミノはキネに、キネはミノにそれぞれの秘密を打ち明けるのだが……?
Part2 ひまわり畑で
お祭りと花火の写真の下からは、見渡すかぎりいっぱいに広がるひまわり畑の写真が出てきた。ミノは言った。
「花火も見たけど、ひまわり畑にも行ったよね」
「そうそう。そのときの写真、わたしもプリントしたよ。今年の夏は暑かったけど、あの日は特に暑かったな〜」
★
電車に乗って田舎にある広大なひまわり畑に行ったときには、危うく二人は離れ離れになるところだった。そこにはふたりの背丈よりも高く伸びたひまわりで作られた巨大迷路があったのだ。キネとミノは当たり前のような顔をして、それに挑戦した。そして迷路に入って最初の分かれ道で、キネは右に、ミノは左へと分かれて進むことになった。その結果、二人とも見事に迷子になってしまったのだった。
運の悪いことに、その日キネはスマホを家に忘れて来ていた。だからその場で連絡を取ることもできない。密集して伸びたひまわりは壁のようになって、周囲の景色を完全に遮っていた。そんななかを何度も曲がりながら歩いていると、方向感覚はかんたんに失われてしまう。おまけにその迷路は野球場ほどの広さがあって、細い道が多かった。どこをどう曲がっても、ぜんぶ同じ景色に見える。
要するに、その迷路はかなりの難易度だったのだ。
キネはどっちだっけと迷いつつも、どこかでばったりミノと再会できるのではとそわそわしながら進んだが、その期待は空振りに終わった。
へろへろになりながら出口へと到着したキネは、へたり込みながらミノが出てくるのを待った。分かれたとき、出口で待ち合わせしようと約束していたからだ。しかし、いつまで待っても彼女は出てこなかった。もしかしたらわたしより先に出て移動しちゃったのかも、と思って近くを探してみたり、うっかり入り口に戻っちゃったのかも、と思って入り口を見に行ってみたりしたが、やはりミノは見つからなかった。すると、ミノはまだ迷路のなかにいると考えるのが妥当だ。そうだ、ミノが自分よりも早く出てくるわけはない、とキネは思った。すっかり忘れていたが、ミノは極度の方向音痴なのだ。
分かれ道でここから先は分かれて行こうと提案したのはキネだ。一緒に迷路を進めばよかったのに、どうしてあんなことを言ってしまったのだろう。ふたり一緒なら、むずかしい迷路だって楽しんでできたのに。キネは後悔しながら、一向に出てくる気配のないミノを心配した。
ひまわり畑のあたりはのんびりとした田園地帯だった。この広大なひまわり畑は地元の農家の人たちが地域を盛り上げようと、休耕田を活用して整備したものだ。会場には運動会に使われるような白いテントが二つあるだけで、ほかの客は見当たらない。この日は猛暑日で、メディアは不要な外出を控えるようにと注意を呼びかけているほどだった。するどい日光を一身に浴びるテントの下では、地元のおじさんたちが談笑していた。見たところ、放送して迷子の呼び出しができるような設備はなさそうだ。
この巨大迷路は遠くから来た人をがっかりさせないようにと、この農家のおじさんたちが懸命に知恵を絞って作ったものなのだろう。それにしては、いささか本格的すぎるものができてしまったようだが……
方向音痴なミノは迷路のなかで迷っているかもしれないが、まだほんとうの迷子になったと決まったわけではない。もう高校生なんだし、このおじさんたちに相談するのは最後の手段にしよう。意を決したキネは入り口から再び迷路に入り直し、ミノの名前を呼びながら歩くことにした。
穏やかな風に揺れるひまわり畑のなかで、ミノはいったいどこに消えてしまったのだろう。迷いすぎて出られなくなっているだけだろうか。どこかで足をくじいて歩けなくなっているかもしれない。この焼けるような日差しにやられて、熱中症で倒れているのかもしれない。まさか誘拐されちゃったりなんて、していないだろうか。悪い方向に考えはじめたキネは不安が募って、いまや泣き出しそうになっていた。
キネは、ミノの名前を呼びながら汗だくになって歩いた。もうだめだ。こうなると、あのおじさんたちに泣きついて、一緒に探すか警察を呼んでもらうしかない。それでも見つからなかったら、もうミノとは二度と会えないかもしれない……
そういえば、無垢な少女たちがピクニックに行って、そのままどこかに消えてしまうという内容の映画を観たことがあったことをキネは思い出した。彼女はこのひまわり畑のなかで消えてしまったのだ。あのミステリアスな映画のように。
このひまわり畑のどこかにそんな神隠し的なポイントがあるのだとしたら、わたしも気がつかないうちにそこを通って、こことは違う世界に行ってしまうかもしれない。キネはそう思った。だけど、その先でならミノと再会できるかもしれない。そうなったらそれはそれでラッキーだけれど、またこっちに戻って来ることはできるんだろうか……
そんなゼツボウ的な想像をたくましくしながら立ちすくんでいると、どこからともなくミノの声が聞こえてきたような気がした。それはなんとものんびりとした声で、キネの名前を呼んでいた。
声のする方に行くと、ミノはひまわりの日陰に座ってキネが来るのを待っていた。そこは迷路の行き止まりで、円形の小さな広場のようになっていた。ほっと安心したキネは、泣き笑いのような表情でミノに声を掛けた。
「ミノ、大丈夫だった!? ごめんね、一緒に行けばよかった」
「え? なんのこと?」
とりあえず謝ったキネを、ミノはふしぎそうな顔で見上げた。
「だってミノ、迷子になっちゃったんでしょ? まあ、わたしもだいぶ迷って時間が掛かっちゃったんだけどさ」
「たしかにこの迷路、けっこう本格的でむずかしいよね。だけど、迷子にはなってないと思うな。だってあたし、ずっとキネが出て来るのを待ってたんだから」
「ええ、そうなの? わたしも出口に着いて、ミノが来るのを待ってたんだけど……」
「あれ、そうなんだ? だけどあたし、何かあったらスマホに連絡来ると思ってたから、キネは普通にこの迷路を楽しんでるんだと思ってたよ」
「いや、じつは今日スマホ忘れちゃってて……」
「なるほど。道理で着信入れたのに折り返し来ないな、と思ったよ」
拍子抜けするほどいつも通りのミノと話しているうちに、キネは少しずつ落ち着きを取り戻していった。そしてあたりを見渡しながら言った。
「ところで、どうしてこんなところで座っているの?」
「ちょっと日差しが強くて疲れたってのもあるけど、ここが居心地よかったからね。だれも来なくてしずかだったから、少しのんびりしようかなって」
「そうなんだ。わたし、迷路に行き詰まって倒れてるのかと思っちゃった」
「さすがにこんなところで倒れはしないよ。それより、キネこそ大丈夫? ちょっと顔が赤いみたい。何か飲んで休んだ方がいいんじゃない?」
ミノはそう言うと穏やかに笑った。すっかり安心したキネは言った。
「たしかに、ここ涼しくて気持ちいい」
「うん。このあたりって、風の通り道になってるんだよね。周りはひまわりと空しか見えないから、秘密基地みたいっていうか」
「じゃあとりあえずわたしも、ここでゆっくりして行こう」
「そうしたら。はい、お茶でもどうぞ」
「ありがとう」
ミノは地面に小さなレジャーシートを広げて、そこに座っていた。そのとなりに腰を下ろしたキネはミノの持参した水筒からお茶をもらい、それを飲んでから言った。
「ふう。ひまわりってさ、こんなに大きいのって今日はじめて見たよ」
「あたしも。それもこんなにたくさんね。黄色だけかと思ったら、赤っぽいのとか白っぽいのとかけっこう色んな種類があるよね」
「うん。だけどひまわりって、こんなにたくさんあるとちょっと怖いような感じがしない?」
「ひまわりが怖い?」
「なんかこう、みんな同じ方を向いているから一斉に見られてるような感じがあるっていうか」
「なるほど。それはまあ、ちょっとわかる。だけど近づいて見るほうが気持ち悪くて、あたしはダメだな。種が密集してるあたりがどうもね……」
「枯れかけてるやつはちょっと不気味だよね」
「そうそう。あと、あれもあるんじゃないかな。ゴッホの絵とかでよく見るから、ちょっと歪んだ感じっていうか、狂ったような感じがするのかも」
「たしかにそのイメージもある! だけど、わたしはゴッホの絵は明るくて好きなんだ。元気がもらえるっていうか」
「あたしはちょっと印象が強すぎて苦手かな。あのカフェテリアと星空の絵なんかはけっこう好きなんだけど」
話が途切れたふたりは、しばらく静かにひまわりを見上げた。空は抜けるような青さだった。やがてキネは言った。
「ねえミノ。わたしさ、さっきミノを探しながら、このまま見つからなかったらどうしようって思っちゃったんだ」
「ええ。どうして?」
「だって、ミノってその、けっこうな方向音痴でしょ。迷ってるか、それとも暑くて倒れてるか、最悪誘拐されてるんじゃないかって。そこからさらに想像が膨らんじゃってね、このひまわり畑のどこかに秘密のポイントがあって、そこを通り抜けて違う世界に行っちゃったのかもしれない、って」
キネが真剣な表情でそう言うと、ミノはくすくすと笑って言った。
「不思議の国のアリスみたいに? キネはファンタジーが好きだからな」
「もう、けっこう真剣だったんだよ?」
「ごめん。だけどあたしは逆に、キネが迷子になっているのかと思った」
「わたしが?」
「うん。だって、出口で待ち合わせって言ってたのにぜんぜん来る様子がないから、あたし係のおじさんに聞いてみたんだよ。これくらいの髪の元気そうな女の子出てきませんでしたかって。そしたら見てないって言うから、あたし逆に出口からさかのぼってキネを探そうと思ったんだ。そうしたらすぐこの場所を見つけたから、ここでちょっと休もうと思ったわけ」
「だけど、ここにいたらわたしが出口に着いてもわからないんじゃない?」
「ふふ。じつはね、この場所からは出口が見えるんだよ」
そう言うとミノはひまわりが密集している隙間を指差した。
「ほら。ここにある隙間から見ると、出口が見えるんだよ。ここからキネが見えたら、あたしも出口に向かえば合流できるでしょ」
「うーん、よくわかんなくなってきた。さっきも言ったけど、わたしもしばらく出口で待ってたんだ。だけど出てこないから入り口から入り直してミノを探してたんだよ」
キネがそう言い終えると、一陣の強い風があたりを吹き抜けていった。ミノは言った。
「だけどあたし、出口に着いてからずっと出口のほうを注意してたけど、キネはいなかったよ」
「あれ……じゃあ、迷子になってたのはやっぱりわたしだったの? てっきりわたしが先に出口に着いたと思ったのに」
「あたしはたしかに方向音痴でよく道に迷うけど、こういう迷路はけっこう得意なんだよ。迷路だって一種のゲームでしょ。攻略法っていうか、コツはあるんだから」
「ええ、どんな?」
「有名なのだと左手法っていうのがあるね。ただこれはけっこう時間が掛かるしあたしの場合どっちから来たのかわかんなくなっちゃうから、あたしは分岐のところにパン屑置いて行ったの。最初来た方向に一個、行き止まりだった方に二個。そうすれば行き止まりで戻って来てもどっちに行っちゃダメかはすぐわかるから、わりと効率的に出口まで行けるんだよ」
「そうだったんだ! じゃあ、やっぱりミノの方が先に着いてたのかな。わたしはひたすら勘で出口まで行ったんだけど」
「まあ、どっちにしろこうして会えたからよかったんじゃない? さて、そろそろ迷路から出て帰ろっか」
★
ふたり揃って迷路から出ると、テントには『持ち帰り用ひまわり、一本100円』という看板が出ていた。記念に買って帰ろうとして行って係のおじさんにお金を払ってみると、おじさんは園芸用の重いハサミを貸してくれた。それで好きなひまわりを切って、そのまま持ち帰れる仕組みだったのだ。地元のおじさんはにかっと笑って言った。
「わしらの巨大迷路は、楽しんでもらえたかな?」
「ええ、とっても」
「こんなに本格的だと思わなくて、完全に迷っちゃった」
「そうだろう。作ったわしらでも入ったら出てこれないってこともあるからな」
おじさんはそう言うといかにも楽しそうに笑った。ミノはおじさんに尋ねた。
「出てこれなくなっちゃったら、どうするんですか?」
「そりゃ、迷ったらひまわりかき分けてまっすぐ進むに決まってる。まっすぐ進めばかならずどこかからは出られるんだよ、お嬢ちゃん」
「ええー! そんな裏技、ちょっと卑怯じゃないですか?」
「だって本当にむずかしいんだもの、この迷路。だから真っ当に楽しんでくれて、おじさんはうれしい。うん。一本と言わず、何本でも好きなだけ持って帰りなさい」
キネとミノは手頃なひまわりを3本ずつ長めに切ると、それを持っておじさんに記念写真を撮ってもらった。ひまわり畑の前で、ふたり揃ってピースをして。その日ふたりはそのひまわりを抱えたまま電車で帰ったので、行く先々で視線を集めることになったのだが。
★
今ふたりはその記念写真を見ながら当日の出来事を振り返っていた。キネは言った。
「結局、あの日のひまわり迷路ではいったい何が起こってたのかなあ?」
「あたしとキネ、どっちが先に出口に着いたのか……? あのときはあたしだと思ったんだけど、よく考えるとすこし辻褄合わないね」
「うん。それに、ミノってあの迷路の中で平然とお茶してたけど、よく考えたらあんなところでシート広げてお茶しようとしてたのっておかしいよね」
「あのね。それを言ったら、とつぜんキネがあたしの名前叫びながら飛び込んで来たときは、あたしのほうがびっくりしたよ。キネったらもう泣きそうな顔してトマトみたいに真っ赤になってたんだもん」
「暑さでぼーっとしてたからね。あれだけ暑かったら、おかしくなっても仕方ないね」
「みんな暑くてぼーっとしてたのかも」
「そうそう。それに、これから出かけるときはスマホを忘れないよう気をつけるよ」
「あと、待ち合わせしたら移動せずその場で待ったほうがいいね。ふたりとも動いて探し出すと会えなくなっちゃうんだなって思った」
「うん。まあ、それがいちばん大きな教訓だね」
再会の記念にとひまわりを持ちピースして写ったふたりの写真は、くっきりと夏の面影を映し出していた。
(つづく)
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