新井亘師兄のDVD「通背拳はこう戦う」発刊によせて

某日、雑誌『秘伝』の取材対応のため新宿本部を御来訪くださった新井亘師兄。取材終了後、「久しぶりに三合炮、やろうよ。」と声かけ、親しくご指導くださった。

その新井師兄の摔拍掌鑚拳の速さ、鋭さ、重さ。そして、変化を蔵した柔らかさ。

あゝ、これが目指すべき拳なのだ。その時、あらためてそう感じ、嬉しくなった。同時に、三合炮を通じて、師父 常松勝へと繋がる武術の血脈に思いを馳せた。

三合炮を続けるうち、ふと、右斜め前方から鋭く、喰い入るような視線を感じた。少し離れたところから、弟弟子のH君(努力家。才能あり。)が羨ましそうに、ものすごい前傾姿勢でジッとこちらを見ているのに気付く。

「これじゃ、新井さんを独り占めできないな(笑)」と心のなかで呟き、師兄にH君を紹介し、指導をお願いした。

傍らで新井師兄の指導の様子を拝見していると、師父に生き写しの動きになる瞬間、瞬間が現れ、何とも言えない感慨であった。

禅宗では師から弟子への伝承について、一つの器の水を他の器に移し替え、また、同じ燈火を他に点ずるように法を伝えて云々という表現することがあるが、まさにこう云うことなのだろうなと思った。

短い時間ではあったが、自分には忘れられない機会となった。

今回、新井亘師兄演練・解説のもとに発刊されたDVD「通背拳はこう戦う」は、常松式通背拳を学ぶ者たちにとって教則映像資料の決定版である。同好の修行者達の記憶に永く留まるものとなるであろう。

映像を視ながら、また、新井師兄の解説を聴きながら、師父の武術の核心的価値とは何か、師父の拳法の味道とは何か、ということを改めて考えていた。(なお、DVDの発刊に先立ち『秘伝』(2024年1月号)誌上に公開された新井師兄の寄稿も、師常松の武術の特徴がとてもよくまとめられている素晴らしい記事である。)

師父が日本に戻り、何人かの若者から通背拳を学びたいと強く懇願され、武術指導を始められてから40年以上が経つ。

そしていま。数奇な運命を背負った常松勝という日本人武術家により中国大連の地から伝えられた通背拳が、得意弟子である新井師兄を通じて、この日本の地に着実に根付きつつあることを、このDVDの映像は何よりも雄弁に物語っている。

「常松老師の通背拳は大連のものとだいぶ趣きが違って見えますね。」

いろいろな含みで、そう言われることが少なくない。

このDVDの冒頭で新井師兄が解説しているとおり、常松勝の通背拳は、師父が幼少期から青年期にかけて学んだ少林派秘宗拳と一体化し、大連で練られているスタンダードな通背拳に比べ、よりシャープで、よりコンパクトで、また「脆(英語的に言えばcrispyか)」を重んじ、瞬息の攻防を貴ぶ独自の風格(味道)に溢れている。

そうした常松勝の武術の風格に憧れ、一歩でも近づけたらと願い、修行を続けて来たのは新井師兄や自分だけではないと思う。

単に通背拳を学びたいのではない。

常松勝の拳を学びたいのだ。

これが常松門下に残り、修行を続ける弟子たち共通の思いなのではないか。

新井師兄は福祉のお仕事を通じて、群馬の地域社会に大きな貢献をされている職業人でもある。本職を持ちながら武術の精進を積み重ね、後進への指導を行う。

まさに「民間武術家」の精神を体現した師兄の姿は、同門兄弟弟子たちにとってのロール・モデルである。

今回、DVDのなかで新井師兄の散手(対練)相手を務めた関口忠行さんも、新井師兄の薫陶よろしく、実に素晴らしい。DVD最終部の自由散手がその白眉である。

師父常松、新井師兄、そして関口さんと技が受け継がれ、日本の地で通背拳修行者の第三世代が確実に育ちつつあることには、同門の身として、とても勇気づけられる。

自分もしっかりやらなければ。DVDを見終え、背筋が伸びる思いがした。

師父や師兄の背中はなお遠いのだが、目指すべき目標が身近にいて下さることの幸せを、あらためて噛みしめた。

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