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森の守り人 前編

高校を卒業した後、私は林業の職についた。特段目立ったきっかけがあった訳ではない。ただ農業高校卒という事もあり、単に人材不足の業界に引っ掛かったに過ぎなかった。もちろんモチベーションなどはある訳もなく、適当な所までやったら後は転職しようと考えていた。
そうこうしている内に長かったはずの休みは開けて、4月になった。入社初日、この日は簡単なオリエンテーションが開催されることとなっていた。しかしいざ始まってみると、『脱炭素社会』や『持続可能な社会』と、ホワイトボードを前にスーツ姿の管理職は何やら難解な単語を並べるばかりだった。私はその1割も把握することが出来ず、後ろの席で突っ伏してしまった。今考えれば実にふざけた新卒だったと思う。そして突然、
「おい!初日からなんだその態度は?」
頭の上に怒号が落ちる。
「え、あ、はい。すいません・・・。」
私は半ばパニックになりながらもその顔を上げる。
「何?仕事舐めてんの?次見つけたら、クビにするから。」
全く関心のない演説に、私はいつの間にか寝てしまっていたらしい。同僚達の好奇と哀れみに満ちた顔が一斉に後ろへと向く。変な奴だと思われたのだろう。その日を境に私が社内で避けられるようになったのは言うまでもない。
それからしばらく、入社当日爆睡事件からまた少し時は飛んで、私は入社から半年が経っていた。努力の甲斐もあってか、職場の雰囲気にもだいぶん慣れ、ようやく毎日の様に叱られる生活からも解放されていた。しかし、
「初日君、苗木運んどいてね〜。」
私は未だに初日の事件を引きずられ、仲を深めた上司や同僚からは逆に『初日君』と呼ばれ毎日の様に弄られていた。叱られる事などよりもこれはよっぽど不快だった。
「へ〜い・・・。チッ」
「倉庫で寝たりすんなよw」
「・・・クソ・・・。」
私は上司に悟られぬ程度で少々苛つきながらも、言われた通り苗木の束を持って仮説の倉庫へと向かった。倉庫の中は伐採用のチェーンソウや乾燥中の丸太が何本も重ねて放置されている。私は言われた通りに苗木を所定の場所へと置き、あと何往復かと考えながら倉庫の扉に手をかけた。その時、「ブチッ」と何かの紐が切れる音。私は咄嗟に振り返る。「ドガン」という轟音とともに扉の横に積み上げられた丸太が私めがけて崩れ落ちた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ!!!!!」
激しい痛みと共に、私の体は8割程が大きな丸太の下敷きになった。数百キロにも及ぶ丸太は私一人ではどうすることも出来ない。腕も足もピクりとも動かず、声を出そうにもあまりの痛みからか、小さなうめき声が漏れ出るばかりで声にならない。
「うあ゛あ゛あ゛あ・・・」
呼吸は段々と浅く、そして早くなって行く。薄れ行く意識の中でふと、やりたくも無い仕事で給料も低く、ましてこんな所で自分は死ぬのかと考えると途端に悔しくなった。涙が止まらない。その時、
「おい、初日〜大丈夫か〜?」


制作 東京制作部 田中和真
この度は『森の守り人 前編』をご拝読頂きまして誠にありがとうございます。こちらのページは毎週土曜日の更新となります。何卒これからもよろしくお願い致します。

今回は『シロクマの清掃員』はお休みして何となく林業者の話をつらつら〜っと書いてみました。続くかどうかは反応次第って感じです。『シロクマの清掃員』を楽しみにして頂いていた方(そんな奴はいない)には大変勝手ながらご迷惑をおかけしております事を謝罪致します。

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