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*荘とすみえ 第2巻*【なぜ荘に暮らすのか?卒業論文執筆完!】

そう

そうなんです。

「なぜ荘に暮らすのか?」


この問いを基に卒業論文を執筆しました。

もともと文章や論理を構成することが大の苦手な私ですが、あっち行ったりこっち行ったりしながらもなんとか卒業論文を書き終えました。

ひと安心

ひと安心

ひと安心ということで、近所のお散歩を楽しんでいました。

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という訳で、今回の第2巻は荘に関する卒業論文を「なぜ書こうと思ったのか」、そして「何を書いたのか」「どういう構成でまとめたのか」の三本立てでお送りいたします。


Ⅰそもそもなぜ、荘のことを記そうと思ったの?


ー荘に住み始めた時から今までの全軌跡を記録しておきたかったー

そして

ー改めて荘民と荘の話をしたかったー

からです。

気が付けば私は、初期のころから今まで、ずっと住み続けてきた”古株”となっていました。
荘に暮らし始めた2019年10月...当時は「荘」という呼称は付いておらず、「野口商店」や「野口」と呼んでいました。そして現在まで総計21名もの荘民が暮らし営んできました。現在ー2022年2月ー荘が出来てから2年と5カ月の月日が経過。

「荘はこういうことをしている」「荘ってさ...○○だよね」という言葉に私はずっと違和感を抱いていました。

荘で暮らす人が変われば、荘の全体の雰囲気は変わる。

なのでそのたんびに荘が変化する。そんな気がします。

わらじ荘、みなも荘、きらく荘...そのそれぞれの住人が入れ替われば、雰囲気はがらっと変わる。

つまり、荘の解釈の仕方もみんなぞれぞれであるから、こうあるべきと荘の解釈を置いていくことに違和感を抱いていたということになります。

そう、なのでなるべくなるべくなるべ~く中立的な立場から「荘」を記述する手段としての卒業論文でした。

そして、長らく荘に住んでいたとしても、そこまで深く荘民と荘のことそしてそれ以前の人生に関して話したことが無かったので…(実は)これをきっかけに話そう!と思った次第です。

「荘」の何を記述したん??という疑問は以下でご説明しますね。

Ⅱ「荘」の何を書いたの?

結論から言うと、荘民が「なぜ荘に暮らし始めたのか」そして、「暮らした後、どのような状況や心情に変化があったのか」、最後に「なぜ荘を退去したのか」ということをまとめました。

それらの問いを明らかにするために、参与観察とライフストーリー・インタビューという手法を用いました。前者の参与観察とは、端的に言うと、私自身が荘に暮らして見てきたやってきた感じてきたことを記述することです。荘でのイベントや運営方法等々が挙げられます。後者のライフストーリー・インタビューとは、ざっくりと言うと、荘民とお話をする、そしてその内容をまとめるという事です。

ライフストーリー・インタビューという調査方法のが奥が深くて感心したのでいくつか共有しますね。

そもそも

ライフストーリーとは、人生物語や生活物語などと訳され、個人の人生、生活、生などについて語った口承の語りを指す。
桜井厚(2002)『インタビューの社会学 ライフストーリーの開き方』
せりか書房より引用。

という定義があります。

さらに、ライフストーリー・インタビューとは、聞き手が用意した質問項目を読み上げ質問に答えていくのではなく、『聞き手と語り手という 2 つの主体がそれぞれに関心を持ちながら、応答を繰り返すことで共同構築される「対話的混合体」』であるとも桜井厚さんは指摘していました。

そしてその口から発せられる”語り”のことをやまだようこさんは「出来事を意味づける行為」と表現していることに私はとても感心しました

つまり、ある出来事がその人にとって大事であったり印象的だったりと...その人の人生にとって”意味があること”になった瞬間に”言葉”として語られるという解釈を私はしました。

荘での日々の生活の中で起こった出来事のすべてが語られるという訳ではなくて、その中の一部の何かが、自分自身にとって意味のあることになったことだけが言葉として頭の中に、そして紙の中に残るということですね。

逆説的には...”言葉”として語れば、記録すれば、”人生にとって意味があること”になるということになるなと私は考えました。

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お話が脱線しましたね。
ということで、今回は、
各々の荘民が自分の人生にとって意味があると感じた「荘でのあれこれ」を言葉として外の世界に出す作業を一緒にしました。

それを基に論理構成を整えて卒業論文にしたという感じです。

要旨を書いておきますね。

本研究は、「荘」に暮らすという選択要因と「荘」における他と共に暮らすことの実情を 11 名の荘民の語りから明らかにすることを目的としている。「荘」の正式呼称は「函館『荘』プロジェクト」(以下、荘)であり、北海道函館市旧市街地の西部地区に位置する 3 軒の古民家にて 20 代前後の年齢の近い学生と社会人が共に暮らしを営むことの総称である。他者と共に暮らす居住形態は、従来の家族とは異なる親密性や、共有空間の快適性に加え、他者との関係や相互作用を通じた自己の変容に関して議論されてきた。本研究においては、「なぜ荘に暮らすのか」そして「実際に荘に暮らしてみて変化したこと」さらに「なぜ荘を退去したのか」という問いをもとに、荘の居住者の人生記述を行っていく。公私の境界が曖昧な古民家において、他者と暮らしを共にすることは様々な葛藤が認められるが、同時に流動的な他者との関係性の中で自己を認識し、容認し、変容しようとする姿勢が明らかとなった。

Ⅲどういう構成で書いたの?


実際の目次を添付しておきますね。

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第1章では
まずこの論文をなぜかくことになったのか、どういう文献や本を参考にしたのか、そしてどのような調査方法を用いたのか等々をまとめましたね。

第2章では
「荘」の様な暮らしを「他者と共に暮らすこと」と表現を行い、既にどのような研究がなされているのかをまとめました。
具体的には...
第一に他者と共に暮らすこと、シェアハウスやホームシェア、コレクティブハウジング等々…の暮らしの形態の整理。
第二に、それらの暮らしの実情のまとめ。家族中心の居住文化が広がる日本においてシェア居住に向いた物件が少ないのが現状であるが、実際にシェアハウスの物件数は2013年から2020年まで増加傾向にあることや、国土交通省が「シェアハウスガイドブック」の発行を行っていること。それらの暮らしが広がりつつある背景として、家族からは得難い親密性や自由、自立が手に入ることや(久保田2009)、豊かな共有空間、人との交流が期待できる点等が挙げれれていました。

その他にも「他者と物質のみでなく人生を部分的にシェアしていることから生れる他者への気遣いや悩みの共有から自己変容を生み出す」という指摘(田中 2014)も見られました。

ふむふむ

それらの考察を踏まえて、
第3章で「荘」の考察を行いました。
この内容は、また次回詳しく解説していきますね。

そして、
第4章では、第3章のデータを基にして分析・考察を行いました。つまり、第2章でまとめた「他者と共に暮らすこと」の先行研究と「荘」の実情を考察したということになります。

最後に
第5章では、まとめを行いました。ね

Ⅳ総括

内容は全然紹介しとらんやん!となるかもしれませんが、今回は卒業論文の全体像をざっとご紹介しました:)

イチオー参考文献乗っけておきますね。

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