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一生に一度のワープ〜亡くした過去〜

しおん

なんど聞き返しても、その事実は変わる事がないのは分かっている。だけど聞き返さずにはいられなかった。

「すみません。もう一度言ってもらっていいですか?」

大きな深呼吸の後、私は警察官にそう言った。


「彼女は、、、死にました。」

ついさっき言ったばかりの同じ言葉を、今度はゆっくりと私に伝える警察官。

そう。彼女は、この世界からいなくなってしまったんだ…。



私の働く職場に彼女が入ってきたのは、2007年の9月だった。私より2歳下の20歳。隠しきれない人懐っこさと、負けず嫌いで無愛想な感じが同居する、不思議な子だった。

ウチの会社には派閥なんてないのに「自分、しおん組に入る!」と初日に宣言して、私を苦笑いさせた子だった。

若さゆえの尖った印象もありつつ、甘えん坊なところもあった彼女。初日の宣言通り、私の後をくっついて歩いていた。

そして私も、彼女を『コロ』と呼んで可愛がった。特段仕事ができるというワケではなかったけど、その一生懸命さは、あの職場では貴重だった。


「自分、ビアンなんっすよ。」

ある日彼女が言った。驚きもせず、軽蔑もしない私に、彼女は逆に驚いていた。

「それは、自分に害がなければ別にいいってこと?」

害?害って何?女の子が自分を好きになったとして、それを害だとは思わない。性別問わず、人が自分を好きということは、自分が認められているという事。それは喜ばしい事だと思う。

「しおんさんって、ヘン。そういう人、なかなかいないよ。」


そして彼女は、同じ職場の隣の部署にいる『ちーちゃん』と付き合っている事も教えてくれた。この事は誰にも内緒で、知っているのは私だけだった。

仕事中、ちーちゃんの所に走って行くコロを「他の人に咎められるし、気付かれてしまうから」と、連れ戻すときもあった。

コロは、ちーちゃんとの喧嘩の相談や渋谷のクラブで行われるビアンのイベントの話、家族のことや昔やってたクスリの話、いろんな話を私にした。見た目はそうじゃないと言われるけど、一応真面目に生きてきた私にとっては新しい世界の話ばかりだった。


「最近ちーちゃんが、他の男とメールしてる。だからバイ(バイセクシャル)は嫌いなんだよ。いつか男に戻るから。」

彼女のヤキモチだった。ちーちゃんは、別に浮気をしている感覚があるわけではなかった。性別問わず、気の合う人や同じ音楽の趣味の人と仲が良かったから。

そんなちーちゃんも、コロと仲のいい私に嫉妬していたのを知ったのは、もっと後の話。



雨の降る日だった。コロは休みで、ちーちゃんが珍しく話かけてきた。

「コロとケンカしてて・・・。ヤバいかもしれない。あいつ大丈夫かな・・・。」

コロはちーちゃんと同棲していた。休みの今日は、川崎にあるアパートでちーちゃんの帰りを待っている。


コロを心配して、休憩時間にメールをしたけど返ってこなくて。3度電話をしても出なかった。

仕事終わりに届いていたメールは『ごめんね。ちーちゃんをよろしくお願いします』の1行。

どういう意味?ちーちゃんと別れるとか言い出す?ただの脅し?かまってちゃん?前に言ってた「もうクスリに逃げたい」を実行する気?まさかね。でも、ちーちゃんをよろしくって・・・

コロの真意を計れず、自分はどうすればいいのかと考えながらの帰り道。


自宅の最寄り駅の改札を出たあたりで、知らない携帯から着信があった。恐る恐る出ると、泣きじゃくるちーちゃんの声。

「しおんさん・・・帰ったら、コロがいなくて。バスルームが開かなくて、中から音楽が聞こえるんだけど、携帯から流してると思うんだけど、中にいるはずなのに、何度呼んでもコロが返事をしなくて・・・」

呼吸もままならない状態で泣きながら、叫びのような、嗚咽のような、そんな悲痛な声でやっと絞り出した言葉だった。

「分かった。いますぐ行くから。もう一回コロを呼んで、それでも返事がなければ『警察に連絡するからね』って言って、警察に電話して事情を話して。私もすぐ行くから。」


そのまま、今通ったばかりの改札を通り、今降りたのとは反対行きの電車に乗った。電車を降りるまでの10分間が、すごく長く感じた。

電車を降りて、コロとちーちゃんのアパートに着くまで、傘を差さず全力疾走した。途中でポケットから携帯が飛び出して落ちたけど、水たまりに落ちた携帯を無造作に掴んでまた走り出した。


何が起きているかは分かってる。

硫化水素だ。市販で売っている洗剤や入浴剤を混ぜると発生する有毒性の気体。当時、流行った自殺方法。

「あれとあれを混ぜるとできるんだって。」

コロが数週間前に言っていた。「ふーん。」と適当に話を流したけど、聞いていないワケじゃなかった。


アパートの前に着くと、もうパトカーが2台くらい来ていた。制服を着た警察官や私服の警察官も10人近くいたと思う。

アパートのエントランスで「友達なんです。」と話すも「今確認しているので、ここで待っていてください。」と止められ、その場で待つことを余儀なくされた。

途中何度も「警察に連絡した子は今どこにいるんですか?彼女は大丈夫なんですか?コロは・・・?」とアパートから出てくる警察官に聞いたけど、みんな答えは同じ。

「今確認していますので。」

確認ってさ、コロが今どんな状況なのか、大丈夫なのか、ちーちゃんは大丈夫なのか、それくらい分かるでしょ。それくらい教えてくれてもいいじゃん。


どれくらい待ったのか、覚えていない。時計なんて見ている心の余裕はなかった。「確認」という何度も聞いた言葉にイラっとしながら、コロの無事を祈るしかなかった。

「ちょっと、こっち・・・」

私は、私服警官にエントランスの影の方に連れて行かれた。そして聞かされたのが、この言葉。

「彼女は、死にました。」

聞こえているのに、信じたくなくてもう一度聞き返した言葉。

『あぁ・・・あれはドラマの演出だと思っていたけど、人ってこういう時、聞こえているはずの言葉を本当に聞き返すんだな・・・』混乱する頭の中で、そんなことを思う自分がいた。


その後、警察官に連れられて、ちーちゃんがアパートの外に出てきた。泣きじゃくる彼女をなだめながら、警察官に促されるまま覆面パトカーに乗った。


そして私達は警察署へ。別々の部屋で事情を聞かれた。

コロとちーちゃんの関係は『友達』としか言わなかった。自分も歳的には大人だけど、たくさん勉強をして頭の固いであろう大人達に、コロとちーちゃんの事を白い目で見られるのが嫌だったから。

だけど、ちーちゃんは早々に自分たちの関係を話していたのには拍子抜けした。『もうこれは全てをちゃんと話さないといけない』と思って警察官に話したようだった。


帰る前、警察官に「証拠品として携帯を確認したけど、あなたへ送ったメールが一番最後のメールだった」と、コロの携帯を指しながら言われた。


『ごめんね。ちーちゃんをよろしくお願いします。』

好きだから、大切だけど

好きだから、許せなかった

好きだから、当てつけみたいな事をしてやろうと思ったけど

好きだから、自分がいなくなった後を誰かに託したかった


ちーちゃんが帰ったときに、アパートのバスルームが開かなかったのは、コロが中から鍵をかけて、ガムテープで目張りをしていたから。

そして、バスルームの前にあるキッチンの換気扇は『強』でついていた。帰ってきたちーちゃんが、硫化水素を吸い込まなくて済むように。


夜中2時ごろだった。「外に記者が来ているかもしれないから気をつけて。聞かれても何も話さないで。」そう警察官に言われて、足早に警察署を出た私達は、私の住むマンションへ。今日はちーちゃんをウチに泊めて、明日はちーちゃんのアパートの片付け。

明日の夕方までには、ちーちゃんは、荷物をまとめてアパートを出て行かなければならないから。

私達は眠れずに、ずっと話をした。


それからコロの葬儀が終わるまで、仕事には出られなかった。職場の人も、私が休むのを快諾してくれた。ちーちゃんは、そのまま会社を辞めた。


火葬の時、コロのお母さんが「やめて!熱いよ!焼かないで!」と泣き崩れたのを見て『世界一の親不孝者だな!』と、コロへの怒りが込み上げた。



自ら命を断つのは、弱いから…という人もいれば、それが出来るなんて相当強さがあるから…という人もいる。

強いか弱いかなんて、私には分からない。

ただ、彼女は自分が【独り】だと思ってしまったんだ。

好きな人に裏切られたと思って、この広い世界の中で、たった独りな気持ちになってしまったんだ。

そして、自分の人生の終わりを選んだんだ。



コロが教えてくれた曲にRADWIMPSの『ふたりごと』がある。

六星占術だろうと 大殺界だろうと 俺が木星人で 君が火星人だろうと
君が言い張っても
俺は地球人だよ いや、でも 仮に木星人でも たかが隣の星だろ?
一生で一度のワープをここで使うよ


コロは、一生で一度のワープをここで使ったんだ。

明るい来世へのワープを。


私は、コロを助けられなかった自分を責めた。

私だって、一生に一度のワープを使いたかった。

まだコロが生きていた時間に、コロの所へワープしてとめたかった。



社会が今よりLGBTへの理解が進んでいなかった2008年5月の雨の日のお話。



『生命とは…』大切な人類の課題。

でもそんな事よりも、人は世界でたった独りになる事はなくて、たくさんの人の想いに支えられている事を知って欲しい。

どんな人でも『想い』で世界と繋がっている事を知って欲しい。

みんながいつもどんな時も、ほんの少しだって『希望』を持って生きられるように…

そう願う。




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