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「こうだったらいいな」「ああなりたいなぁ」「もしもこうだったら怖いなぁ」たくさんの「もしも」の世界です。
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#研究開発

心を盗む(妄想の世界)【音声と文章】

時々、さりげなく耳元に手を添えて大きな目を細めて白い歯並びの良い歯を見せながら君は笑う。 清楚ないでたちの君のその澄んだ目で見つめられるとハートが熱くなり息ができなくなりそうだ。 キミが何を考えているのか知りたい。 僕は眼鏡の右のフレームを掴んだ。 途端に、今の音が後退してみんなの本音が聞こえてきた。 「あぁ、つまんない。早く終わらないかなぁ。」 「彼女の服、高そう。バッグも靴もそれなりのもの。安物の恰好の私、恥ずかしい。」 みんなの本音がザワザワ聞こえてくる。 ユウジの眼鏡は人の心を読み取れる装置が付いている。 科学者の叔父さんが「開発途中」の物を時々提供してくれ、僕はモニターになっている。 この、人の本音を知ることができる眼鏡は普段は使わない。 普段使いにすると、本音だけで自分が押しつぶされそうになるからだ。 それだけみんなは普段、本音を言わず、建前だけで生きているということになる。 考えてみるとそれは当たり前。 本音の付き合いをしたいと思いながら、しかし、いつも本音をぶつけていては論議の時間が多くなり、事が進まない。 だからどうでもいいことは、サラリと受け流した方が気が楽だ。 僕は彼女の本音を聞こうと、彼女を見た。 ところが、彼女の本音は聞こえなかった。 「本音が無言」なのである。 そんなことあるか! 僕は相変わらず笑いながら相槌を打っている彼女を見たが、彼女の本音だけは聞こえなかった。 どういう事だ。 彼女の心は空なのか。 ここには存在しないのか。 それとも、「本音と建て前」の区別が無いのか。 それから少しの間、周りのザワザワとした本音の会話を聞いていたが、結局、彼女の本音を聞きだすことはできなかった。 この「本音のめがね」で本心を聞けなかったのは彼女が初めてだった。 僕は彼女がますます気になった。 ** 会社の飲み会から解放されたコトミは自宅に着いた。 「おかえり~」 「ただいまぁ。お母さん、起きててくれたの?ありがとう。」 コトミはお父さんの部屋のドアをノックした。 「お父さん、ただいま。あれ、おもしろかったよ。」 「だろう?あれは人の気持ちを知ることができるし、逆に、こちらの気持ちをシャットアウトすることができる優れものだ。」 「今日ね。一人だけ、私の心を盗もうとした人がいたの。彼もお父さんの機械と同じようなものを持っていたの。でね。だから私、シャットアウトしちゃった。彼にはその機能が無いらしく、彼、キョトンとしていて面白かった。」 コトミは自分の部屋に入った。 「ふ~。」 大きくため息をつき、そして、机の上に小さなダイヤのピアスを置いた。 ※note毎日連続投稿1900日をコミット中!  1862日目。 ※聴くだけ・読むだけ・聴きながら読む。 どちらでも数分で楽しめます。#ad 心を盗む(妄想の世界)

記憶力の良い男(妄想の世界)【音声と文章】

タカシは記憶力がいいとまわりから評価されている。 いつ誰がどのような会話をしたかを正確に覚えているからだ。 人は昨日のことを半分は忘れ、数日経つとほとんど忘れてしまう。 しかし、それに反してタカシはほぼ、全てを記憶することができるのである。 タカシのIQが特に高いわけではない。 実は、人には言えない秘密兵器をタカシは身につけている。 それは人との会話を瞬時に録音できる装置だ。 タカシは小さい頃からモノを分解するのが好きだった。 おもちゃの自動車、ラジオ、時計、使わなくなったPC、壊れたTVなど、ねじを回して中の構造を見るのが楽しくてしょうがない少年だった。 それが高じて、物事の成り立ちが何となく分かるようになってきて、今度は自分で色々なものを作ってみるようになった。 それは父の影響を強く受けていた。 タカシの父は科学技術者で家の中に実験室を構えている。 幼いタカシが「こういうものがあったらな」と提案したものをこれまで作ってくれた。 そんな父を真似てタカシも父と肩を並べて実験室にこもるようになった。 最新の装置は「キキマウス」だ。 瞬時に録音してそれを何度も再生して聞くことができる。 それは奥歯に設置しているから誰からも気づかれない。 舌と目の瞬きの回数で録音・再生・削除ができる。 制作過程では試行錯誤が繰り返された。 まずは完全防水であることに苦戦した。 そして、食べている時に突然誤作動を起こしたり、咀嚼音の方が会話より音量が大きくて聞こえずらかったりした。 その後、録音中は咀嚼音を拾わないように改良された。 その音声を聴く時は骨伝導で耳に届く。耳に特別な装置を付けずにできるから、他人からは何かを聞いているようには見えない。 録音されている音声を数秒遅れてそのまま話すこともできる優れものだ。 今は音だけの処理だが、ゆくゆくは録画できるようにしたいとタカシの夢は広がる。 周りに知られずに録音・録画・再生できるようになったら、プライバシーはどうなるのだろうかとタカシは考えないわけではないが、しかし、今は自分の研究を追求したいという欲望の方が理性を超えていた。 タカシは今日もキキマウスの開発に没頭している。 ※note毎日連続投稿1900日をコミット中!  1861日目。 ※聴くだけ・読むだけ・聴きながら読む。 どちらでも数分で楽しめます。#ad 記憶力の良い男(妄想の世界)