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移植記録 15日目(2019年10月1日) 

今日も5時半ごろ起床し、血圧、体重、温度などを測定する。

7時過ぎに検査技師さんが採血にやってくる。
最初の方が見えないと言うことで、別の技師さんを連れてくる。
それでもダメそうなので、今度は夜勤の看護師さんを呼んでくる。
その看護師さんも失敗し、検査技師さんの1人が再チャレンジで成功する。
何とか腕の裏側に血管を見つけそちらに針を刺す。
移植からしばらくたち、まだ尿がでないのでむくみがひどく、血管が見えづらい。

8時には朝食どうも血糖値が低いらしい。
8時45分ごろ、レントゲンを撮りに一階まで行く。
やっと歩くのにも慣れてくる。

次に、9時過ぎに今日の担当の看護師さんがやってきて、シャワーを浴びたらガーゼ交換をするということになった。

その直後、引っ越しは午後夕方ではなく明日になると婦長さんが言っていた。

で、11時からシャワーを浴び着替えをします。
担当の看護師さんはいなかったので、別の方にガーゼ交換をしていただく。

病院において何が1番嫌かと言うと、人がいろいろやってくるがタイムスケジュールが見えないことである。
何時に誰がやってくる店がわかるとわからないとでは気持ちの持ちようが大違いである。
結局1日の大半を部屋で待つと言うことに費やしてしまっている。今朝もドクターは来なかった、これも移植の高橋先生が来るのか、腎臓内科の先生が来るのかもわからない。
何もせずただ待っているこの時間が非常に億劫である。

なので自分としてもそろそろ退院をしたいと考えている。
腎臓が動くまでこう着状態が続くことがわかったので、その間の透析先何もせずただ待っているこの時間が非常に億劫である。
本当はそのことをドクターに相談したいのだが、肝心のドクターはいつやってくれるんだろうか。

黙っていてもらちがあかないので、午後には前の透析施設に電話をしようと考える。
あそこは今日は午後透析をしているので、午後のほうが連絡がつきやすいものと思われる。
そこさえ見つかれば明日でも明後日でも退院できると自分でも踏んでいる。
むしろその方がここにいて、無意味な時間を過ごすより運動もでき、リハビリができ、効果的な過ごし方のような気がしている。

そんなこんなを悩んでいるとお昼となったので、お昼ご飯がやってくる。
今日はトンカツだった。
写真がそのトンカツ。
病院での一番の楽しみは食事、でも一番の苦しみも食事となってくる。
なにせ時間が日常とは異なり、食事間隔が広かったり、狭かったり、なかなか上手くいかないもの。
もちろん、栄養科の方々、スタッフが悪いわけではない、それもわかっているので余計に持っていきどころが無い。

昼も食前の血糖値は低いらしい、89位だそうだ。
1時前ぐらいに看護師やってきて、着ていた寝間着を持って行く。

1時からはまたシーツ交換が始まった。
前回の事から今日も2時半過ぎであろうと思われる。
その頃に出かけてみたいと思う。

記録を見るとドクターもその後夕方にやってくる傾向があるので、それまでに透析施設を決めてしまおうかと思っている。
その上で、早ければ明日、遅くとも明後日には退院を考えている。
ここにいても何もすることもなく何もできず、、あまり良いようには思わない。

で、透析病院の医師に電話する。
ドクター曰く、移植医の先生がオッケーなら大丈夫とのこと。
希望が出てきた。

2時半に午後の体温、血圧測定。
シーツ交換はまだ来ない。

四時になるとドクター方が大挙いらっしゃった。
いつも思う、いきなりやってきてどうですか?だけ、意味あるのだろうか。
数値が示されるわけでもなく、全く科学的とは言えない。時間の無駄にすら思う。

 6時には、妻が来てくれる。
一緒に夕飯を食べる。
7時には妻は帰宅。

7時半頃、移植医の先生がやってくる。
明日の透析をどうするかしか話すことができなかった。
しかも腎臓内科との話次第らしく、また結論は先送り。
つくづくダメ人間。

8時から9時過ぎまではパソコンでメールチェックしてすごす。
職場の困ったちゃんから、相変わらずワケワカメなメールが来る。
5w1hが無いと理解不能。

22時に免疫抑制剤を飲み、本日のルーチンは終了。
就寝する。
とはいえ、二、三時間おきに、尿意により起きる。
多分、また出る量が増えている。
それだけはラッキー。
無事に移植した腎臓が動き始めた喜びを感じる。
後はこのまま何も無いことを祈るばかり。

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