見出し画像

慰霊の日、沖縄

今日は、慰霊の日。76年前に沖縄戦で旧日本軍の組織的な戦闘が終わった日。

沖縄県では平和学習は小学校からずっと盛り込まれ、社会科見学?遠足?では戦跡や平和記念公園に行く。中学ではガマ(防空壕)。地元新聞では戦争体験のお話はよく載るし、米軍基地もあるので「戦争」「戦後」常に話題になって目に、耳に触れてる。

なので、今日の日に思うことは残しておこう。

毎年、慰霊の日は休日になる職場で子供達も学校がお休み。
なので、この日を「生活の中」で感じられる。

去年は、暑かった。すごく。「こんな中逃げるってすごいきつい」

画像1

子供が小さい時は「この子たちがいながらどう逃げたらいいだろうか」と

戦時中の母親が子供たちを学徒隊へと送り出したり、攻撃や集団自決で亡くしたり、その体さえ置いて逃げないといけない。想像するだけで、すごく怖い。

「戦争を二度と起こさないように行動できるようにしましょう」

というのが、平和学習の目的。でも、私はずっと「戦争で死んでいった人に申し訳ない」という気持ちを引きずり、そして単純に「戦争は怖い」。

それを変えてくれたのが、

「綾庭の宴」

現代の女子高生がキジムナー(沖縄の妖怪)に連れられてタイムスリップ。琉球王朝時代の文化の反映から薩摩の侵略、沖縄戦、そして立ち上がり復興していく。という、沖縄の歴史と伝統文化(踊り、空手、棒術、衣装など)が織り交ぜられていて舞台としても素晴らしい。古謝美佐子さんの童神を聞くと号泣。

苦しい、悲しい、悔しい。でも、それにしがみついて被害者でいるのではなく、それ以上に「笑顔になりたい」という人々の願いが復興に繋がっているんだ。

そのきっかけを作った人たちがすごい。その切り替えが一番大変だと思う。苦しい気持ちを収めるようと意識をむけ、笑顔になるチャレンジをしてきた。

その先に今があるのであれば、その願いを引き継ぎたい。

「怖いから戦争をしちゃダメ」より「怖い思いを引き受けてくれた人たちのため人も、それぞれが笑顔になれるにはどうしたらいい?」を引き継ぎたい。

それは、まず「自分が笑顔になれるには?」なんだと。

そんな一筋縄では「自分が笑顔になる選択」なんてできていないけど、そう感じたなという事を思い出せた。

画像2


と、書くと妄想が広がる。人々が語り合うことができるようになるといいな。子供の頃から「語り合う」という場があると自然にそんな社会になるのかな。子供たちと語り合ってみたいな。可愛い意見や鋭い意見も出てくるかも。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?