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小説✴︎梅はその日の難逃れ 第4話

小春は一人娘で、事業の跡を継ぐために親の決めた婿養子と結婚した。
優しくて真面目で誠実だった夫だから、幸せではあった。
それでもやはり初恋は、忘れられないもの。

縁側に座る千鳥に、お茶を入れながらポツリポツリと小春の若かりし恋話《コイバナ》を始めた。

「私がまだ娘時代の話よ」

小春のこの家も昔はもっと敷地も広く、庭も今の3倍はあったため、週に一度は必ず庭師が手入れをしていた。
庭師の万次郎は、腕は良いが酒癖が少々悪く、女房にも逃げられ一人息子の千登勢と二人暮らしだった。

千登勢も、幼い頃から庭仕事を手伝わされてほとんど友達と、遊ぶ事も無かった。

小春はいつも、自分と対して歳が違わない千登勢が、庭師として手伝う姿が大人に見えて憧れた。
いつも、休憩のお茶とお菓子を母親から言われて、二人に出すのが小春にとって密かな喜びになっていた。

その日は小春の二階の自室窓から、木を剪定している千登勢をそっと見ていた。
目の前のはなみずきの木は、毎年綺麗な花を咲かせる。
そのはなみずきの剪定をする千登勢の横顔。首筋の汗。筋張った腕。分厚い胸板。

「そうだ、後でお茶を出すときに手拭いを冷やしてお渡ししよう」
台所で氷水を張って、手拭いを用意している時、ドサっと音がした。

「千登勢!」万次郎の声がした。

「おい、大丈夫か?はなみずきは気をつけろと言ったじゃないか!」
万次郎の言葉に小春達も駆けつけると、はなみずきの木の枝と千登勢が横たわっていた。

千登勢は、足首を怪我してしまったようだ。
小春の母は
「万次郎さん、とりあえずそこの部屋に千登勢くんを運んでください」
と万次郎に頼んだ。
「奥様、申し訳ありません」
「良いのよ。小春、手当してあげて。
もう今日は終わらせていいわ。連れて帰るまで、休ませてやってください」

万次郎は千登勢の汚れた作業着を脱がせて、用意してくれた縁側近くの和室に運び込み途中になってる仕事に戻った。

冷やした手拭いはすでに出来ていたので、小春は横になる千登勢の元へ急いだ。

「大丈夫ですか?どこが痛いですか?」
「お嬢さん、すみません。俺がヘマしたばかりに」
「いいんですよ。この辺ですか?」
「俺が自分でやりますから」
と体を起こす千登勢だったが、腕や脇にも打撲があるようですぐ動けなかった。

小春は千登勢の逞しい背中を拭く。痛めたであろう足首に、手拭いを乗せた。

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