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小説✴︎梅はその日の難逃れ 第39話

千草の夢

『あけぼの』の閉店イベントで
千登勢の再会後、梅干し売り場に戻った小春は
片付けを手伝う千草に
「おかげさまで完売したわ」
「ほんと良かったわね」
小春は瓶に使ったラベルシールの残りを持って「なんて言っても千鳥ちゃんの、このラベルが可愛いからよね」
千草も眺めながら「あの子も意外と才能あるのね」と言うと
「意外とじゃ無いわよ。千鳥ちゃんは天才なの」
「はいはい。小春さんがそうやってフォローしてくれるから、良い子に育ちました」
二人でふふふ、はははと笑い合う。
「千草、コーヒー無料券使って、美味しいコーヒー頂いてくれば?少し休んでいきなさいな」
「ありがとう、実は朝から出ずっぱりでお昼も食べてないの」
「あら、だったらちょっとしたお菓子も置いてあるからつまんでいきなさい」

2人はコーヒーを淹れている
愁の所へ行き小春が声をかけた。
「マスター、うちの娘の千草です」
「母がお世話になってます」
「いえいえ、こちらこそ、お世話になってます。『あけぼの』のマドンナ、小春さんには。
さあ、コーヒーをどうぞ」そう言いながら
愁はコーヒーを注ぐ。
「もう、マスターは、いつもそうやってからかって」
三人で笑い合いながら、愁が言った。
「千草さん。初めてお会いしましたが、品のある雰囲気はお母様譲りですね」
千草は小春の顔を見ながら
「小春さん、私までお世辞言ってもらっちゃったわ」と、笑った。

愁は『purple cloud」の店舗カードを千草に渡し「僕、『あけぼの』を閉めた後はこちらでお世話になります。お近くにお越しの折には是非お寄りください」
「あ、ありがとうございます。あら?
ここ、私の担当の利用者さんのお宅のそばですね。月一は伺うので、今度寄らせて頂きますね」
「はい、お待ちしております」
小春もニコニコと二人の会話を聞いていた。


淡い紫色のカフェカーテンがかかったドアには【purple cloud】と書かれている。
千草はゆっくりとそのドアを開くと
音量を抑えた音楽が流れてきた。

「いらっしゃいませ」
愁の声が聞こえる。
「こんにちは」千草が挨拶すると
「あっ!先日は!」
愁もすぐ千草とわかった様子にホッとしながら
「本当に来ちゃいました!」と千草も答えた。
「ようこそお越しくださいました。先週は小春さんも寄ってくださいました」
「ええ、聞きました。良いお店だったわと、話してくれましたよ」
「ここ、良いでしょう?僕も元常連ですから」
「ふふふ。そう言う事ですね」

「いらっしゃいませ」奥から笹内も出てきた。
「露木くんのお知り合い?」
「ええ。先週来店された小春さんの娘さんですよ」
「おお、そうなんですね。ありがとうございます」
「米村千草と申します」
千草は名刺を渡しつつ
「ここの少し駅方向に行った所に、フランス人の利用者さんのご自宅がありまして」
「施設にお勤めなんですね」
笹内は名刺をみながら言う。
「あの先のおしゃれな洋館の?」
「あ、そうですそうです。ご存知ですか?」
「ローランさんご一家ですね。うちにもよく来てくださってくれるんですよ」
「利用者さんのお母様のクロエさんは気持ちが若くて素敵な方です。私がフランス語わからないので、一生懸命日本語でお話ししてくださるんです」
千草は共通の知り合いとわかり、嬉しかった。
「そうですよね。でも露木くんが来てからはクロエさんも娘のサラさんも、助かると言ってますよ」
笹内がそう言った。
「え?」千草が不思議そうな顔を露木に向けた。
笹内は「露木くんは5か国語話せるんですよ。脱サラ前は外資系の仕事をしていて世界中を渡り歩いていたんだよね」と打ち明けた。
「それはすごいですね!」千草は愁を見つめた。
「日常会話が少しですよ。僕の事はいいから。それよりも、さぁ米村さん、ご注文ください」
愁は照れながらメニューを差し出した時に、にっこりと微笑む千草の顔を見て、改めて小春の面影と親子共通の居心地のいい空気感も感じた。
千草もまた、初めて訪れた『purple cloud』だったが、二人の言葉や店の雰囲気がとても良く、小春が『あけぼの』の常連になった事にも頷けると思った。



あれから千草は、月一のローラン宅訪問時には『purple cloud』に必ず足を運ぶようになった。
また、休日に小春と一緒に訪れることもあり、すっかり常連となった。

『purple cloud』は、いわゆる純喫茶な店構えで、BGMはクラッシックだったりジャズや
ハワイアン、時にはロックなども流れることがある。
マスターの笹内恭平は、元々大手音楽業界で働いていたが、この店の先代マスターの生き方に憧れ、そのマスターが高齢により引退するのを期に脱サラして店を継いだ。
客層も平日はリタイヤした人や主婦層、公園に面したテラス席は、ペットを連れた人や小さな子供連れのママ達が訪れ、住宅街ではあるが客足は絶えない店だった。

ランチを提供していた常連から、いわゆるボリューミーなカフェ飯よりも、やや少なめでうす味な和食テイスト。咀嚼のしやすい柔らかいおかずなど、年配の客のリクエストがあり、ランチメニューに加えてみた。
これがなかなか好評で、幼児を連れたママ達から離乳食にもなると、口コミで広まった。

愁もこうしたユニバーサルフードについて勉強するようになり、メニュー開発に千草の施設の利用者へ試食してもらい、意見を聞くようにもなった。



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