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小説✴︎梅はその日の難逃れ 第7話

「その時、小春さんは自分も好きって伝えたの?」
千鳥は聞いた。
「言えなかったねえ。言ったところで結婚も、決まってる私が口に出来るわけもないからね。でもありがとうって言ったよ」
小春はあの時と同じ縁側でお茶をすすりながら、千登勢の横顔を思い浮かべていた。

♦︎♦︎♦︎

千登勢も小春を抱きしめた。
雷のせいとはいえ、お互いの鼓動を感じる。幸せな一瞬を得ることが出来た。

その時玄関の方から下駄の音が聞こえ、2人は弾かれたように離れた。

「ごめんください。千登勢さん、母さんから傘を持って行ってやれって言われたので」
「おー待子。ありがとよ」

万次郎達の近所で、千登勢の妹のように育った待子が、傘を抱えてやってきた。
「米村のお嬢様。こんにちは」
小春に頭を下げる。
「待子、ずぶ濡れになってるじゃないか。夕立なんだから雨宿りしてりゃ止んだのに」
「いえいえ、千登勢さんは足元がぬかるむと歩くのに心配だから、お迎えにきました」

「あれ?おじさん寝ちゃってるの?」
「あぁ。親父、さっきの雷にも起きないんだよ。呆れるね」
「よければ、あなたもお茶いかが?」
小春は待子に声をかけた。

「ありがとうございます。でも、母にも早く帰っておいでと言われているので。千登勢兄さん、行きましょう」
「悪いな待子。おい、親父!起きろよっ」
「う?あぁ、寝ちまったか?」
「全く今日はこの雨じゃ仕事にならないから、帰るか」
千登勢は、父を起き上がらせた。

3人は雨で霞む庭を、後にした。

縁側から見送る、千登勢の背中を見つめた。千登勢の胸の中で感じた温もりは、決して忘れないようにと、小春は目を閉じ記憶に焼き付けた。

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