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小説✳︎「紘太と結里子」 第5話

こちらは
「月明かりで太陽は輝く」
のサイドストーリーです。
宜しければ、まずは本編を
読んで頂けたらうれしいです。



紘太の身長は188センチ。
結里子は155センチ。

結里子はいつも並んで歩くと、ずいぶんと見上げる。
「首が疲れるね」と笑う紘太。
幾度かのデートで、結里子がわかった事。

腕を組むにもぶら下がってるみたいで
やっぱり手を繋ぐのがいいみたい。
大きな紘太の手は、結里子の手がすっぽり収まる。

紘太は、よく頭をぶつける。
自分の身長、忘れているのかと思う位に。
おでこをぶつけて流血する時もあるから、結里子はいつも、携帯の救急セットを持ち歩くようになった。

「いつもありがとう。僕の専属ナースは結里《ゆり》だね」
「紘太も気をつけてよ。いくら高身長あるあるとは言え」

2人はお互いを『紘太と結里』と呼ぶ様になれた。
♢♢♢♢♢
3月5日。紘太の誕生日。
お祝いは紘太の部屋でとお呼ばれした。彼の大好きなケーキを買って、部屋へ向かう結里子。

エレベーターから降りると、紘太の部屋の玄関ドアの前に、綺麗な女性が立っていた。手には結里子と同じ洋菓子店の箱。(え?誰?)結里子は立ち止まった。
玄関ドアが開き、紘太の姿。


女性と言葉を交わした後、結里子の姿に気がついた紘太は
「結里!」と呼びながら、やってきて手を引きながら
「来てくれてありがとう。おいで」と部屋へと向かう。
玄関前に着き、紘太は女性に向かって
「こちら、花岡結里子さん。今お付き合いしてる人」
「あら、まぁ、初めまして」と優しい香りをふわりとさせて、お辞儀をする女性。

「初めまして」頭をさげる結里子に
「結里、僕の母親」
「あ、お母様!」
「澄美《すみ》と申します。息子がお世話になってます」
「いえ、こちらこそいつも紘太……白土くんには、お世話になっております」
「そうよね、今日は恋人同士で誕生祝いするわよね。ごめんなさい。気が利かなくて。紘太がこんな可愛らしい方にお付き合いいただいているなんて、知らなかったの」
「結里、ごめん。まさか母さんが来るとは思わなかったから」

「わざわざお母様も来てくださったなら、せっかくですから3人でお祝いしませんか?」
結里子は初めて会う、紘太に良く似た母親の優しい雰囲気に話がしてみたいと思った。
澄美は
「いえいえ、そこまで私も野暮じゃなくてよ。お二人でお祝いしてくださいな」
「あの、私。お母様とお話がしたいです。ご迷惑でなければ……」
紘太も
「結里がそう言ってるから、母さんも上がっていけば?」
「本当にいいの?」澄美の首の傾げ方も、紘太のそれにそっくりだと、結里子は思った。
「はい!是非お願いします」結里子は微笑んだ。
♢♢♢♢♢

テーブルには同じ洋菓子店の箱が並ぶ。
その横には小皿とフォーク。
紘太が入れた紅茶が3つ。

「3つ揃ってるもの無いから、バラバラでいいかな?」
揃わない小皿やカップ。

澄美が持参したケーキの箱には
モンブランが1つ。
結里子の箱には、モンブランとアップルパイ。

澄美も結里子も、紘太がここの店のモンブランが好きと知っていてのチョイス。

箱を開けながら、紘太は笑う。
「2人とも同じ事、考えてくれたんだね。ありがとう」
澄美は、結里子に向かい
「紘太は、小さい時からここのモンブランが好きでね。誕生日に注文でデコレーションしたホールケーキ出してあげても、あまり喜ばなかったのよ。たくさんフルーツやチョコレート飾ってもらってたのに」

「そうだったんですか。私なんて注文してもらったホールケーキなんて食べたことありませんでした。いつも祖母が手作りしてくれたアップルパイが、誕生日のお祝いケーキでしたから」結里子が言うと
「あ、だから自分の分はアップルパイ?」紘太は皿に移しながら言った。
「あ、無意識でした!誕生日というとアップルパイって刷り込まれていたのかも!」
テーブルを囲み、3人は大笑い。

初めて会った澄美と結里子だったが、緊張も解けて、子供の頃の紘太の話や、2人が出会った結婚式でのハプニングなど、会話は和やかに進んだ。

澄美は、紘太の父が大学病院に勤めていた頃、知り合い結婚した。
澄美もまたナースだった。
それを知り、結里子も親近感が増して、ますます盛り上がる。

女同士で盛り上がっているうち、気がつくと、ソファで紘太は眠ってしまっていた。
「白土くん、夜勤明けって言ってましたから、眠かったんでしょうね」
「そうなのね。主役だけど、寝かせてあげましょう」
澄美はベッドから毛布を持ってきて、紘太の肩にかけていた。

澄美のその横顔は、本当に優しくて
紘太への愛情に満ちた顔だった。

「結里子さん。私が部屋まで訪ねるなんて、紘太がマザコンとか思わないでね。大体、彼女いることすら教えてくれなかったのよ。男の子ってそっけないわよね。用事ある時以外、全然連絡くれないしね。この子、家にもあんまり帰ってこないし。医師になれなかったから、家には居づらくて就職したらすぐ一人暮らししちゃって」

「白土くんのお家は全員ドクターってお聞きしてました。放射線技師は立派なお仕事だと思いますけど」

「紘太には、双子の兄がいたの。でも、出産して1週間でお兄ちゃんは心臓に異常があって、死んでしまったの。だから、私はとにかく紘太は元気で生きていてさえいれば良いって思って育ててきたわ」
「その話は初耳でした」

澄美は続けた。
「だからね。紘太が野球をやりたいって言い出して、少年野球チームに入った時も、夫は反対したの。他の子供たちは、土日は塾へ行かせていたからね。
野球チームに入れば土日は練習や試合でしょ?でも、私はやらせてあげたいって説得したの。あの子もみるみる身長が伸びていき、レギュラーになり中学は私立行かせたけど、高校は甲子園出場する様な学校に進みたいとまで言うようになったの」
結里子は紅茶に口をつけながら、あいづちを打つ。

「流石にそれは夫も許さなくて。でもその頃から、夫と紘太には溝ができてしまったかもしれないわね」
澄美はケーキの残りを口に入れる。

「白土くんからは聞いたことないお話でした」
「夫の家は代々医者で、将来医師になる選択しか無い家ですからね。今時はもっと自由でいいと思うけど、私も嫁としては逆らえない立場だったし」
妻として母親として、澄美もまた白土家で苦労してきたことは、結里子も容易に想像出来た。

「でもね、野球やってる時の紘太の生き生きした顔を見てると、やらせてあげたくて、私は一生懸命応援したわ。でもやっぱり、圧倒的に上の子供たちと比べたら勉強する時間も少ないし、大学は医学部一択で、合格はなかなか難しかったの。今まで現役でみんな合格してたし、なんとか一浪してチャレンジ許してもらったけど、不合格で。そこからは今度は父親以外も、距離を置く感じになってしまったから、紘太もますます居づらくなっちゃったのね」

そんな事があった紘太の心はきっと折れただろうが、結里子が彼からひねくれた感じを受けなかったのは、この母親の愛情があったからだと思った。

どこまでも紘太のために、盾になり頑張ってきたのではないだろうか?
細く白い指先でカップをなぞる澄美の少し潤んだ目を見て
「お母様も白土くんと一緒に、頑張って来られたのですね」結里子が言うと
澄美は
「結里子さん、ありがとう。あなたの様なお嬢さんに紘太をお任せできて私は嬉しいわ。どうぞよろしくお願いします」

深々と頭を下げる澄美に、結里子は慌てて言う。
「いや、頭さぜていただく様な私、そんな人間じゃないし、逆に支えてもらってる方《ほう》です。彼は本当に心根が優しくて素敵な人です。こちらこそお付き合いさせてもらって感謝してます」
「まぁ、そんな風に言ってもらえて、嬉しいわ」

するとソファから紘太が顔をあげた。
「あれ?僕、寝ちゃってた?」
「紘太、寝てる間に2人で悪口言ってたのよ。聞こえた?」
澄美が笑いながらそう言うと
「もうたーくさん、子供の時の悪さ聞いちゃったよ」と結里子。
「え!何?何話したの?」
飛び起きて毛布を被る紘太。
「嘘!」
澄美と結里子は同時に言った。




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