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小説✳︎「紘太と結里子」 第6話

こちらは
「月明かりで太陽は輝く」
のサイドストーリーです。
宜しければ、まずは本編を
読んで頂けたらうれしいです。


お歳暮に、松坂牛が送られてきたから、取りに来ないかと、澄美から連絡が入り紘太は久しぶりに実家に帰った。

玄関のエントランスには、他にも沢山のお歳暮が積み上げられている。

今までなら要らないと紘太は答えていただろうが澄美から
「結里子さんとすき焼きでもしたら?」と言ってくれたので訪れたのだ。

「お疲れ様。わざわざごめんなさいね」
「肉もらったら帰るよ」
「あら、折角なんだから、少し上がっていけば?」
「父さんは?」
「もう少ししたら戻るけど」
「じゃあその前に帰るよ」

その時、門の外で車のドアの閉まる音がした。
「お父さん帰ってきたわ」

少し緊張気味の顔の紘太は、観念したかの様に「じゃあ、少し上がってく」
と靴を脱いだ。

澄美は玄関ドアを開けながら
「おかえりなさい。今日は紘太が来てるわよ」そう言いながら
父親のスーツの上着と鞄を、素早く受け取り部屋へ運ぶ。

リビングで父と息子は、顔を合わせた。
「紘太、久しぶりじゃないか。元気だったか?」
「はい」
「仕事はどうだ?」
「なんとかやってます」
「そっちの病院の機器は、新しいものになってるのか?」
「今、院長に交渉してる」
「そうか。うちの病院も先月最新のに変えたんだが、やはり精度も上がってなかなか良いぞ」

「もう、久しぶりに会ったのに仕事の話?紘太、ご飯食べていきなさいよ」
嬉しそうに話す澄美。

紘太の父、誠《まこと》は、大学病院の脳外科医として勤務している。
長男の秀明も、同じ病院の外科医。
娘の舞友は、地方都市の歯科医として開業していた。

食堂では、久しぶりの家族での食事に、澄美は大人気なくはしゃいでいる。
「折角紘太が来てくれたのに、秀明が夜勤なんて残念ねー」
おてしょを誠と紘太に渡しながら、微笑む澄美。

「紘太、もう戻ってこないのか?お前の給料だと一人暮らしも楽じゃないだろう」誠は言った。
医師と技術者では、収入差は確かに大きい。自宅から通えば、余計なお金は使わなくて済む。ただそれだけではなく、やはり親心で心配しての誠の言葉ではあった。
それでも紘太は
「住まいは社宅扱いしてもらってるし、気ままでいられる一人暮らしは悪くないよ」
「そうかもしれないけど、いつでも帰ってきて良いからね。お父さんも本当は心配してるんだから」
「わかってるよ。ありがとう。それより2人とも体は大丈夫なの?若くないんだから、医者の無養生って言うし、本当に気をつけなよ」
「プロに向かって言うなよ」
誠は、苦笑いしながら箸を持った。
「じゃあ、いただきましょう」
澄美も微笑みながら席に着いた。

紘太は、もうこの家に戻る事はないと思っている。自室は家を出た時のまま、残っている。澄美は、いつでも帰れる様に掃除を怠らない。机も本棚も埃が積もっていないから、それがわかる。
(母さん、ごめんね)

夕食を終えると、調べ物があるからと書斎に向かう誠に
「じゃ、僕も帰ります」
紘太は声をかけた。
誠は「気をつけて帰りなさい」と手を挙げて廊下を行く。
澄美はキッチンから肉を手渡しながら
「結里子さんによろしくね。また、お会いしましょうって伝えて」
「うん。また、機会あったらね」

♢♢♢♢♢

「すき焼き、久しぶり!美味しそう!」
今夜は結里子の部屋。
「皆さん、お元気だった?」
「ああ、父さんと母さんだけだったけどね。兄さんは夜勤で居なかった」
「そうなんだ。私と食べなさいってお母様言ってくれたの?」
「うん、お歳暮の時期はこんなのが山ほど来るから持て余してるんだよ」
「そうかもしれないけど、私と一緒って言ってもらえたのはちょっと嬉しい」
「母さんは結里子が気に入ったみたいだね」
「同じ看護師同士だからかな?」
「それだけじゃないと思うけどね。よし、食べよう!」
2人だから取り箸はなしでいいかと、直接、鍋を突こうとした時
隣の部屋から爆音が聞こえてきた。
紘太はびっくりして肉を落としてしまった。
「え?何?隣?」
「うん、お隣さん。バンドやってていつもこんな感じ」
「にしても大き過ぎだよ。音。迷惑だ。俺、言ってきてやろうか?」
「いいよ毎日じゃないし。面倒起こしたくないし。それに2ヶ月後ここも更新だから、住み変えようかなって思ってて」
「いや、こんなんじゃ。2ヶ月とか言ってないですぐ探せば?」
「そうだけど」
「結里、いっそ一緒に暮らそうか?」
「え?いいの?」
「もちろんだよ!でも、今の俺の部屋じゃ狭いからなぁ。結里はどこか住みたい場所ある?」
「うーん……あ、この間行ったグルメ雑誌に載ってた定食屋さんのある商店街の所、なんか良かったのよね」
「あーあそこは居心地良さそうだったよね」
「すき焼き食べたら、後で検索してみよ」

お腹いっぱいの後、2人肩を並べてパソコンを見ながら、検索。
ひょんなきっかけから、2人暮らしが始まった。


#紘太と結里子
#月明かりで太陽は輝く
#サイドストーリー


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