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小説✳︎「紘太と結里子」 第7話

こちらは
「月明かりで太陽は輝く」
のサイドストーリーです。
宜しければ、まずは本編を
読んで頂けたらうれしいです。



部屋は、案外スムーズに見つかった。
駅前商店街のはずれ。
呉服屋さんの角を曲がった裏の三階建のアパート。
ワンルームの部屋がほとんどだが、三階だけが2LDK。玄関横の外階段を登ると屋上につながっている。

屋上から、夏には少し離れている川岸の花火も見られるらしい。
紘太は
「屋上にもリビングがあるってことになるね」
「そうだね!お得かも」結里子も楽しげに答える。
「結里、ここにしようか?」「うん!」

引っ越しの日は2週間後。
少しでも早い方がいいだろうと、紘太の提案。
とりあえず、それぞれの部屋から持ち寄った家財道具。

洗面所に今まで使っていた小物を並べる。
キッチンの棚にも食器を持ちよる。
それらを置きながら
「ねえ、紘太。なんかバラバラだから、折角だしお揃いで買い直さない?」結里子が提案する。
「お揃い?いいね。実は密かに憧れていたんだよね」
笑う紘太。
どちらも初めての2人暮らしに、ワクワクしていた。
商店街を散歩しながら、小さな雑貨屋で揃いのカップや箸、お茶碗を見つけた。
「いらっしゃい。新婚さん?良いねぇ。こんな古びた店のじゃ、気に入ったのはあるかしらね?」
店のおかみさんが、声をかける。
「いえいえ、これなんて素敵です。量販店じゃ見ないと思いますよ」
「お、目のつけ処いいねえ。これね、実は私の趣味で買付してる茶碗なのよ。いいでしょう?」
町の人たちも温かい。
「私たち、新婚さんに見えるのかな?」見上げる紘太の顔に結里子が言う。
紘太も「じゃあ、もっと見えるようにしよう」
差し出した手を、二人繋いで歩く道はこんなにも幸せだ。

♢♢♢♢♢♢

夜明け前に目が覚めた結里子は
そっと玄関を出て、屋上へ登る。
東の空は群青色とみかん色の境目が
ゆっくりと動いていく。

結里子の肩にフワッと柔らかな感触。
「寒くない?」紘太が毛布を肩にのせ
そのまま後ろから手を回す。
「起こしちゃった?」
「大丈夫。空のグラデーションが綺麗だ」
「うん。私、夜明けのこの時間が好き」
「結里は夜明けが好き?」
「うん。太陽が昇ってこれからまた新しい1日がうまれるって言うか、よしがんばろって思えるの。夜勤明けで夜明けに帰る時も、体は疲れてるけど、頑張ったよねって太陽が言ってくれてるみたいで、光に私も輝けそうな気がして」
「なるほどね。僕はそういう結里の、前を見て行くスタンスが好きだな。つい、後ろ向きになりがちな性格の僕にとって、結里が居てくれるから頑張れるんだ」
「そう?頑張れるのは紘太が後ろで支えてくれるからって事でもあるのよ」
「だったら嬉しい」

唇を重ね合う二人の顔を
太陽が明るく照らし始めた。
♢♢♢♢♢♢

少し早めの夏休みを、二人で取ることができた。
3泊4日で沖縄の海へ行く。
梅雨明けして少し経った東京は
暑いとはいえ、さすがに沖縄の太陽の
強さは、段違いだ。
空港に降り立った時から、眩しい照り返しに二人とも目を細めた。

お揃いのサングラスを買って
観光巡りや海へ行く。
特にシュノーケリングは
二人とも楽しみにしていた。

住んでいる近場の海水浴場では
まず見られない、色とりどりの魚たち。その間を、足ひれをつけた結里子はまるで人魚ように泳ぎ、水面のキラキラに溶け込んでいく。
そんな彼女を眩しげに見つめる紘太。

砂浜の白と昼顔のピンク。
真っ青な空と海。
鮮やかな思い出は、心に刻まれた。

夜は静かな波の音が聞こえる
海沿いのホテルで、ディナーを楽しんだ。
食事の後に砂浜を歩く。
日焼け止めをしていても、肌は赤く焼けた2人。
紘太が「結里の肩を抱きたいけど、日焼けが痛いよね?」
「ふふふ。だよね。紘太も焼けたよね?」
「よし!今日はキスだけだ」
キッシンググラミーみたいなキスの後
2人手を繋ぎ歩くと、海面に移る月は波が光を分散させる。
「今日は満月かな?綺麗だね」
と、結里子の言葉。
「そうだね。結里はさ『月が綺麗ですね』って意味知ってる?」
「芥川龍之介……じゃなくて夏目漱石!」
「そう!今、結里はそう言った?」
「あ、そこは単純にきれいって言ってました。ごめんなさい」
「あはは、残念。僕はいつでも『月が綺麗ですね』が結里への気持ちだからね」
紘太は砂浜に、棒切れで
『I LOVE YOU』と書いた。
「結里は前に、太陽が好きって言ったけど、僕は月が好きだなぁ。この柔らかい光が、結里みたいで落ち着く」

「その棒、ちょうだい」と結里子もまた砂浜に
相合傘に、コウタ、ユリコと描いた。
「太陽や月の下、たとえ雨でも私は紘太と一緒が良いな」結里子が言い終わると
もう一度キスをしてから二人は歩き出す。
後ろに残った砂の文字たちは、波にゆっくり洗われていった。


#紘太と結里子
#月明かりで太陽は輝く
#サイドストーリー



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