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小説✳︎「紘太と結里子」 第8話

こちらは
「月明かりで太陽は輝く」
のサイドストーリーです。
宜しければ、まずは本編を
読んで頂けたらうれしいです。


紘太が前日から夜勤の朝。
一人で電車に乗り込んだ結里子。

いつもの景色。

同じ時間
同じ車両
同じ顔ぶれ
誰一人として
知り合いは居ないけれど
みんな知ってる車内。
マスクで顔半分しかわからないから
多分、違う場所であったなら、気がつかないかもしれないけど。

電車に乗り込んでまもなく、結里子のスマホが鳴る。
電話はすぐ切れたが、結里子も慌ててマナーモードにしながら、直後に届いたLINEの文章で紘太からと知る。

『ごめん、間違った!今夜、仕事終わりにどこかでご飯しないか?』とのメッセージ。
『定時の予定だけど、急患によってちょっと遅くなるかも』と結里子。

『いつまでも待ってるよ。はじめてのデートの時みたいに』紘太の少し意地悪なメッセージに
マスクの下で、結里子は微笑んだ。
『わかってますよー!紘太、覚悟しててね。でもちゃんと連絡するからね』
了解!の紘太のスタンプに
結里子もハートのスタンプを送った。

こんなにお互いを信じ合える人に出会えて、結里子は幸せだと思った。
出会いに、すれ違いがあったからこそ、なんでも伝え合って嘘のない2人で居たいと思っている。

結局この日、夕方に1人急患が入ったが、同僚のめぐみが(対応間に合うから、帰っても良いよ)と声をかけてくれた。

「めぐみ、ありがとう!」
よし、これなら今から30分位で、待ち合わせのお店まで行けるかな?
更衣室に行って、紘太のLINEに
『お待たせ!後30分後位には行けると思う!』と書き込めば
『OK!俺はすぐ向かうから、店の前で待ってるから』と即答。

結里子は、着替えるのももどかしくバタバタと更衣室を出て、病院の裏口から走って駅まで行った。
電車が車両点検で遅れたらしいが、かえって一本前の電車に乗ることが出来、乗り換えがスムーズに行った。
おかげで、予想よりも15分も早く着いてしまった。
当然、紘太は店の前で待っているものと思った。
結里子が大まかな時間を連絡した時に、紘太はすぐにお店の前に行くと行っていたからだ。
(え?どうして紘太が居ないの?)
すぐにLINEをした。
『思ったより早く着いちゃった!』
スマホを眺めても、既読にならない。
『紘太、今どこ?もうすぐ着くかな?』
それでも既読がつかない。

結里子はなんだか不安になってきた。
【おーい】とスタンプを押す。
既読にならない。
お店間違えたかな?
『紘太、ここでいいんだよね?』
お店の写真を送ってみる。
それでも既読にならない。

仕方ないかと電話をかけてみた。
「お客さまがおかけになった電話は電源が入っていない……」
アナウンスが流れるだけ。
何度かけ直しても繋がらない。
ますます不安になる。

その時、初めてのデートで紘太がどんな思いで待っていたんだろうと、改めて思った。
心配で、心配で、それでも私を信じて紘太は待っていてくれたんだ。
心が潰れそうで、涙が出そうになる。
心の中で何度も名前を呼んでみる。
事故とかじゃないよね?大丈夫だよね?

♢♢♢♢♢♢

紘太は本屋で時間を潰していたが、結里子のLINEを受け取り、すぐに店へ向かった。
交差点に差さしかかった時、信号はすでに黄色で、歩道で立ち止まった紘太の目に入ったのは
大きな荷物を抱え横断歩道を渡り切れずにいる、1人のお年寄りの姿だった。

紘太は慌てて、駆け寄った。
「おばあちゃん、荷物は僕が持つから、早く渡ろう!」
片手に荷物を預かり、手を引く。何台かクラクションを、鳴らす車もあったが、一瞬で済んだ。

「大丈夫ですか?」
「すまないねえ。歳とると早く動けなくて。ありがとうございます」
小さな老婆は、丁寧に頭を下げた。
紘太の半分くらいしかない彼女に
「この荷物、結構重いですね。どこに持っていくのですか?」
紘太は訪ねた。
「荷物が重いのはわかってたのよ。でもうちに帰るだけだから、タクシー拾えば良いと思ってね。それがデパート出た所はタクシー止まってくれなくて。駅前のタクシー乗り場まで行こうと思っていたの」
「タクシー乗り場まで、僕お持ちしますよ」
「いいの?お忙しいんじゃないの?」
「いえ、大丈夫です」

結里子は30分遅れると言っていた。
ここから店までは5分もかからないしタクシー乗り場はすぐそこだ。

タクシー乗り場の目の前には、人気のパティシエのテナントがある。
老婆は「おにいさん、ちょっと待ってて」と言って店に入って行った。
小さな紙袋を手に戻ってくると
「はい。ここのクッキー美味しいよ。お礼にどうぞ」
「あ、かえってすみません。こんな気を使わなくても……」
「いいの、貰ってくれないと私の気が済まないわ」
「わかりました。遠慮なく」と紘太は袋を受け取り、チラッと時計を見た。
(うん、まだまだ大丈夫)

「あ、それとね、これもどうぞ」
重い手荷物から出してきたのは、手拭いだった。
「私ね、華道をちょっと教えてて。これ、生徒さんに配る手拭い。私の名前を染めてあるの。よかったら使って」
紘太の手にした菓子の紙袋に、その手拭いも入れる。

乗り場にタクシーが滑り込んで来た。
ドアが空いたので、紘太は荷物を乗せた。そして老婆が乗り込むと
「背高のっぽさん。本当にどうもありがとう」
「いえ、こちらこそ。ありがとうございました」
紘太は紙袋を持ち上げて頭を下げた。

タクシーを見送って、時計を見ると
待ち合わせ予定時間までまだ時間は充分ある。ゆっくりと歩き出したところで、スマホを見ると、電源が切れていた。
紘太は誤って切ってしまっていたようだ。
結里子に連絡しようと電源を入れると、何回も着信音が鳴った。



#紘太と結里子
#月明かりで太陽は輝く
#サイドストーリー


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