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悲劇のヒーロー 時代流【ショートショート】

 ここに一人の男がいる。男の名は時代流(とき・ながれ)。またの名を正義のヒーロー、『スーパーパワーマン』。
 彼は平和を愛する熱い男である。だがそれ以上に、悲劇のヒーローである。一体、スーパーパワーマンに何があったのか?

 時代流は普通の青年であった。しいて言えば、名門の理系大学に通う学生で、将来を期待される優等生であった。その上スポーツ万能で正義感に溢れるナイスガイ。それ以外はいたって普通の青年だったのだ。
 だがある日、世界征服を企む悪の組織に囚われ、人体改造を施されてしまう。脳を洗脳される前に逃げ出した流は、ウルトラライダーと名乗り、正義のヒーローとして人知れず悪の組織と闘ったのである。
 流は自分の体が改造されたことに悩むこともなく、寧ろ平和のために悪の組織と闘えることを前向きに捉えることのできる、ポジティブな男であった。
 そう、悲劇はまだ起きてはいない。悲劇の始まりは人知れず闘い始めて2年後のことだった。

 ウルトラライダーの力の源は、悪の組織によって開発されたコンピューター。これが体内に埋め込まれたことによって、常人の何倍ものパワーを生み出せるのだ。しかし科学の進歩は凄まじかった。2年経つ頃には、ウルトラライダーのコンピューターは最早旧型となっており、最新のコンピューターが埋め込まれた敵の怪人には、全く歯が立たなくなっていた。
 それどころか、悪の組織以上に研究開発が進んでいたある企業が、凄まじい力を発揮できる上に、人体に悪影響のないスーツを開発。ほどなくウルトラライダー以上の能力を持った民間警備会社の警備員たちが大量に現れ、悪の組織は滅ぼされた。
 人知れず闘うウルトラライダーの存在は、特段の成果もなく、人知れずのままに終わった。流は失望した。 
 俺はなんのために戦っていたのだ。こんな体になったのに、悪の組織を倒すことはできず、今や警備員よりも弱い存在だ。
 この時点での流の失敗は、自身の能力の源である技術を、アップデートさせる努力を怠ったことにあった。
 
 だが流はポジティブな男だった。ヒーローをすっかり辞めた流は、改めて勉学に励み、優秀な成績で大学を卒業。その後、とある大企業の研究室で働くようになった。 
 しかしある日のこと。研究室で事故が起こり、流は大量の超電波を浴びてしまった。命は助かったものの、その時から体に異変が起こり、流は異形の姿に変身できる能力を身に着けてしまったのだ。 
 その力はウルトラライダーをはるかに上回るものだった。
 その事故は当時の科学力でも全く解明できなかった。そして、研究者の中にその力を悪事に使おうという者が現れた。彼は超電波を研究し、そして自らその超電波を大量に浴びた。
 彼は、流よりも強い力と、流よりも醜い姿を得ることとなった。そして、姿だけでなく心まで怪物となってしまったのだった。
 
 流は悪の研究者の暴走を止めるため、自らを正義のヒーロー、マーベラスジャスティスと名乗り、再び人知れず闘い始めた。
 流の中には過去の自分を超え、今度こそ自信の力で平和を守りたいという熱い気持ちと若干の名声欲が溢れていた。
 マーベラスジャスティスも敵の研究者も、当時の科学力をはるかに超えた力を発揮していた。あの、最先端技術のスーツをきた警備員たちも、まったく歯が立たない中、マーベラスジャスティスは孤軍奮闘した。
 
 しかし、いくら解明できない能力とは言え、それ以上に強い力を得るということだけであれば、科学技術の進歩にそこまで時間はかからないのだった。
 まもなく、更に強い能力を得る薬を開発したライバル企業と、その薬でスーパー能力を身に着けた被験者によって、悪の研究者は成敗された。
 またしても流はヒーローとして成果を上げることができず、その闘いは自然消滅していった。
 流には、体の中の昔だったら高性能なコンピューターと、怒りに震えた時に異形に変わる、但しライバル企業よりは弱い程度の能力だけが残った。

 二度の悲劇に人生を悲観した流は人とのかかわりを断ち、無人島で暮らすようになった。
 ある時、足を滑らせ海に落ちてしまった流。波に飲まれ海の底へ沈んでいくと、そこで海底人と出会う。自然を愛する気持ちと正義感を認められ、神秘の力を授けられた流は、文明を破壊しようとする地底人を倒すことを頼まれたのだった。
 正義のヒーロー、アクアフィッシュと名乗り地底人と闘う流。この、一切科学的根拠のない力があれば、今度こそヒーローとしての活躍ができるものと思っていた。
 だがその力もあっという間に科学的に研究されると、神秘の力、いや元神秘の力を持った自衛組織が結成された。そして地底人たちはあっけなく退治された。
 この時には流は過去の反省を踏まえ、早々に神秘の力を見限ると、すぐに次のヒーローになるべく努力をしていた。彼はポジティブな男で、そして努力家なのである。

 しかしながら流の悲劇はその後も続いた。
 宇宙人に囚われ一体化し、宇宙の平和を守るヒーロー、スペースジャックとなろうと、古代の封印された力を開放して、不滅のヒーロー、ジゴワットゴーになろうと、悪魔と契約して、ダークヒーロー、デビルエンジェルになろうと、結果は同じだった。

 最後に流がたどり着いたのは、人間の潜在能力の総てを解き放って超人的な力を発揮できるヒーロー、スーパーパワーマンだった。
 流は反省していたのだった。これまで宇宙だの古代だの悪魔だのと、すぐに他人に頼るからいけないのだと。そして進化する科学を超えるのは人類そのものの力、己の潜在能力に他ならないと。スーパーパワーマンはこれまでのどのヒーローよりも強く、科学がこの先どんな進歩を遂げようと、到底かなわないような力であった。
 その分、敵も強力だった。潜在能力の解放に人生の総てをかけながらも、人類を憎み滅ぼさんとする悪の仙人の力に、スーパーパワーマンは、何度も苦戦を強いられた。
 「もっと力を」
 そう思った流は己の能力を高めるために、修行した。山奥でただ沈黙し集中し、己の力を練り上げる。それを何日も何年も続け、10年が経った。流の力は途轍もないものになっていた。
 「俺は悪を倒し正義を守る」
 そう思って流は悪の仙人の元へと向かった。悪の仙人は以前と全く変わらない若さと強さを持ち、街で暴れているようだった。 
 
 子供が襲われている。助けようとスーパーパワーマンが向かった時、子供はポケットから小さな装置を取り出し、それを仙人に向かって軽く振った。  仙人はあっという間に倒された。
 「坊や、それはなんだい」
 思わず流は聞いた。
 「知らないおじさんに襲われたらこれを使いなさいってママが言ってたの」
 見ると街中の人は大人も子供もみんなそれを持っているようだった。探してみるとそれはどこにでも、コンビニでも売っているような商品だった。
 流が山に籠っている間に科学は、パワーアップして更なるスーパーパワーに満ち溢れたスーパーパワーマンの、そのスーパーパワーを軽く超える装置を開発していたのだ。それは軍人でも警備員でもなく、老若男女誰でも簡単に手に入れることができて、誰でも簡単に使える、そんな装置だった。

 流は、絶望した。ポジティブで努力家な熱い男が、絶望したのだ。
 彼は、とうとうヒーローとして平和を守ることができなかった。スーパーパワーマンの名は、悲劇のヒーローとして人知れず歴史の闇に消えていくことだろう。
 流の失敗は、その溢れる正義感と努力を、素直に科学研究に使わなかったことであろう。彼ほどの男が科学の進歩に力を貸していたら、科学は今以上の力を発揮していたに違いない。彼はそれを正しいことに使える、熱い男であったのだ。

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