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絵画からイメージ作曲2022.4.29(228)

「千一夜」ゼッキン 1914年

一度遠ざかっていた美術から戻ってきたきっかけは、
ウィーン分離派の作品を見たからだと。
クリムトを中心とした新しい芸術の流れに触発されたんですね。


粒の細かい音符を並べてホ短調になりました。

ホ短調 8分の3アレグロ

ヴィットリオ・ゼッキンは、ガラス製造で有名なヴェネツィアのムラーノで1878年に生まれました。ガラス工場で働く父を持つ彼は、幼少期から青年期をムラーノでガラス工芸品に囲まれて育ちましたが、ガラス芸術には興味が湧かず、ヴェネツィアの美術アカデミーで絵画を学びます。しかし、学校に幻滅したゼッキンはアカデミーを退学。美術からも距離を置きましたが、1908年に新しい芸術運動、ウィーン分離派に心を動かされます。分離派の作品は、1908年から1920年までベネツィアのカ・ペーザロにある現代美術館で展示されました。その神秘的で象徴主義的な絵画に加えて、アール・ヌーヴォー運動にも魅せられたゼッキンは、その運動に関わる本場の芸術家と作品に触れるべく、1910年頃にウィーンに向かいます。そこで出会ったグスタフ・クリムトは、彼の作品に長く影響を与えることになりました。

デイリーアートより

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