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桜幢白華
微睡から目覚めると、まだ窓の外は薄暗い。最初の頃こそ辛かったが、今ではすっかり日の出と共に起きるよう習慣づいた。
簡単に身支度を整え、部屋を出ると、廊下で仲居さんと鉢合わせした。
「おはようございます」
「おはようございます。すいません、連れの部屋がどちらにあるのか分からなくて」
「お連れ様のお部屋は離れに。翡翠の間でございます」
「ありがとうございます。朝食はそちらで頂きたいのですが」
「承知致しました。そのように」
仲居さんはお辞儀をして、仕事へと戻っていった。
京都の嵐山にある高級旅館、そのVIP室でお師匠は寝起きしている。一泊いくらするのか知らないが、決まった住まいを持たないお師匠はこういう旅館やホテルで生活するのが常だ。
花々の咲き誇る見事な日本庭園の中庭に伸びる渡り廊下。離れに続く廊下からの景色は壮観だ。
翡翠の間、と書かれた離れへ。障子の前に膝を着き、声をかける。
「おはようございます。お師匠。起きていらっしゃいますか?」
返事がないので、障子を開け、座敷の中へ。甘い御香の香りが鼻をくすぐる。
私の部屋に比べて3倍はあろうかという座敷には、一人で横になるには広すぎるほどの布団が敷かれ、その中央で横になっているお師匠は浴衣の前がはだけてしまっている。
「風邪をひきますよ」
乳房が丸見えになっているので、とりあえず布団をかけて隠す。毎朝のことだが、起こしに来いという割に、起こしても中々起きない。
一枚貼りの巨大なガラス窓の外には苔生した庭があり、色とりどりの花々が目に美しい。いかにも春めいていて良い。脇の小窓を開けると、朝の冷たい空気が流れ込んでくる。嵐山の向こうに見える空はもう白んでいた。
「寒いので窓を閉めてくださいな」
声に振り返ると、身を起こして目を擦るお師匠の姿が。
「おはようございます。お師匠、前くらい隠してください。乳房が出ています」
「わたくしの肢体に今更、恥ずかしがるようなこともないでしょうに」
欠伸をしながら、とんでもないことをいう。誓って私はお師匠とそのような関係にはない。強いて言えば、毎朝こうして一方的に乱れた格好を見せられているだけだ。毎日のことなので、もうすっかり慣れてしまい、何も感じなくなってしまって久しい。それに、元々は全裸で寝ていたのを、ようやく浴衣を着てもらえるようになったのだ。
「誤解を受けるようなことを仰らないでください」
「ふふ。よく眠れましたか? 相変わらず眠そうな顔をして」
「これは生まれつきです」
「いつも年寄猫みたいな顔をしているんですから。もっと精悍な顔つきをしなさいな」
年寄猫というのはあんまりだろう。
お師匠は立ち上がって、浴衣を肩から滑り落とす。そのまま鏡台の前へ行き、椅子に座る。
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