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福暇巡兎

 奇妙この上ない旅館を後にすると、どういうわけか太宰府天満宮の参道へと繋がっていた。
 行き交う参拝客の幾人かが驚いたように目を白黒させているのも無理はない。彼らからすれば、私たちは唐突にこの場所に出てきたのだ。誰だって我が目を疑うだろう。
 傍らの千早くんはといえば、こんなこともあるさ、と言わんばかりに参道に並ぶ様々な店へ視線を泳がせている。二人で話し合い、折角の機会だからこのまま太宰府観光をしようという事になった。先程の御礼も兼ねて参拝しておくべきだろう。
「凄い人だかりですね。さすがはお正月」
「人酔いしそう」
 雅楽のメロディがなんともめでたい雰囲気を醸し出している。先日のことがなんだか夢のようだ。初売り御礼の文字を見つけ、なんとも俗世に帰ってきたという実感が湧く。
「千早くん。まずは参拝しましょうか」
「だな。でもこれどんだけ時間かかるんだよ。まだ最初の鳥居を潜ったばっかだぞ。ほら、あのお洒落な感じのスターバックスがさっきから全然近づかねぇ。あと無茶苦茶寒い。九州も普通に寒いんだな」
「太宰府は積雪も多いそうですよ」
「他に近道とかねぇの? 凍えちまうよ」
「あります。ですが、お礼参りくらいきちんと正規のルートで参拝すべきでしょう」
「えー、面倒くせぇ。良いじゃん近道で。」
「ダメです。初詣にも行けると思えば良いじゃありませんか。毎年なんだかんだと理由をこねくり回して、一月の下旬まで出向こうとしないんですから」
「人が多いの嫌なんだよ。変な目で見てくる奴とかいたりするし」
「露骨な嘘をつかないでください。普段から全く気にしていないでしょう」
 隻腕ということを自分のチャームポイントだと言い切るような人物だ。
「ちぇー」
「参拝をしたら昼食を摂りに行きますから。それまで頑張ってください」
 千早くんは渋々といった様子で観念したようだ。彼は基本的に待つという行為そのものが苦手だ。無論、並ぶのも駄目である。行列のできる店など最初から眼中にないので、流行りの店などにも全く関心がない。
「なぁ、大野木さん。ひとつ良い?」
「はい。なんでしょうか」
「どうやったら女の子にモテるんだ?」
「は?」
 藪から棒に何をいうのか。いや、退屈になっただけか。
「大野木さんモテるだろ。秘訣とかあんの?」
「特に不特定多数の女性と同時に交際したことはありませんが」
「いや、光源氏みたいな奴じゃなくて。向こうから寄ってくるだろ。職場でも人気あるって藤村部長も言ってたぜ。『大野木くんはね、女性職員からひっきりなしに声かけられてるよ』って。でも男性職員からは嫌われてるんだって?」
「ご、誤解ですよ! 藤村部長はからかっていらっしゃるだけです。そもそも私の対策室には他の職員もいませんし」
 特別対策室は県庁の離島扱いされている。最果て課なんて渾名もあるほどだ。女性と仲睦まじくしていられるような職場環境ではない。
「男の職員たちから嫌われているのは否定しないのかよ」
「それは別に気になりませんから。私のミスによって彼らに迷惑をかけた事など一度もありませんし、それに顔も名前も知らない方から嫌われる場合、それは一方的な逆恨みです」
「神経質過ぎて、関係築くの下手そうだもんな」
「失礼な。職場でも円滑な人間関係を構築する為の努力は惜しんでいないつもりです。プライベートでの付き合いこそありませんが、二次会や三次会なども必要だと判断すれば参加していますよ。カラオケは特に参加傾向が高いですね。誘われることが最も多いのが理由ですが」
「大野木さん、カラオケとか行くんだ。歌わないけど、ずっとマラカス持ってシャカシャカする人?」

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