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「夜行堂亜譚 坩堝」

 特に、これといった目的があった訳じゃない。
 誰が言い出したのか、今となってはもう思い出すことさえできないが、肝試しに行かないか、という話になったのだ。
 
 ツーリングの帰り。休憩の為に立ち寄ったSAで缶コーヒーを飲みながら、暇を持て余した大学生が七人、何か面白いことはないものかと考えた結果がこれだった。真夏の夜のイベントとして、これ以上のアイディアはない。蒸し暑さも吹き飛ぶというものだ。
 私を含めた全員が賛同し、では何処へ行こうかと話し合う。
 せっかく隣県の端まで来ているのだから、この辺りの心霊スポットが良い。携帯でそれらしい単語を入れて検索にかけると、すぐに幾つかの心霊スポットが見つかった。その中でも特に多く取り上げられていたのが、美嚢団地という県営住宅だった。
「別名、自殺団地だってよ」
 県内最恐という文字が並び、ブログや動画でも紹介されているらしい。桁違いに恐ろしいとか、冗談では済まされない、などと大袈裟な文言が並んでいるのを見て、私たちは此処へ行くことに決めた。
「なぁ、やっぱりやめとこうぜ。ここ、最近も死亡者が出てるって書いてある。面白半分で行って良いとこじゃねえよ。夜間も開放してる神社があるらしいから、そこじゃダメなのか?」
 盛り上がる皆を尻目に、早川は一人眉をひそめている。
「なんだよ。ビビってんの? しかも神社って。パワースポット探してるわけじゃねぇんだからさ」
 せせら笑うように渡邉が言う。
「嫌なら一人で帰れば?」
 同調したのは渡邉の恋人である宮下だ。彼女は紅一点、サークル唯一の女子だったが、学年的には一つ年下になる。それなのに私たちに敬語を使わなくなったのは、サークルに入ってそうそう部長の渡邉と交際するようになったからだ。
 早川と渡邉は入学当初から犬猿の仲で、サークル内でも度々衝突を繰り返している。優秀で真面目すぎるきらいがある早川と、軽薄だが広い人脈を持つ渡邉は水と油だ。
「頼むから喧嘩しないでくれよ。渡邉たちもガキみたいに煽るのはよせ。それと早川の言うことも分かるけど、別に立入禁止区域ってわけじゃない。頭から反対するんじゃなくて、少し譲歩できないか? うちのルールは多数決だろ」
 自分で言っておきながら、なんとも卑怯な言い回しだと思う。早川は生真面目ではあるが、頭が硬いわけではない。彼が懸念する部分とは少しずれた反論をして、サークル内のルールを提示すれば、場の空気を読もうとした彼が揺らぐのは容易に想像ができた。
「……本当に、立入禁止じゃないんだな」
「それは確かみたいだよ、早川くん。ほら、まだ住んでる人がいるって書いてある」
 急に身を乗り出したのは、学内でも渡邉とつるむことの多い小野寺だった。講義の代役や、試験前のノートのコピーなど、とにかく渡邉に言われるがまま動いている腰巾着だ。
「だから問題ねぇだろ。廃墟ってわけじゃねえんだし、ちょっと立ち寄るだけだ」
 吐き出すように渡邉がそう言って、早川を睨みつける。
「中に入ったりは、しないんだよな」
「だからそう言ってんだろ」
「……分かったよ」
 渋々といった様子で早川が頷いたが、渡邉は気に入らないらしい。露骨に舌打ちをして、宮下もまるで親の仇でも見るみたいな目つきで睨みつけている。初対面の時には大人しくて、もっと誰とでもそつなく話せるタイプだったのだが、渡邉と交際するようになって別人のように変わってしまった。
 おまけに他の部員が密かに宮下に好意を寄せているので、サークルの空気はすっかりひりついてしまっている。早川を露骨に嫌悪したりはしないが、こういう決を取るときには自然と彼女の味方をするような流れが出来上がってしまっていた。
 面倒だな、と思う。副部長などやるものじゃない。
「じゃあ、次の降り口で高速を降りる。先頭は渡邉でいいよな。インカムは外すなよ」
 全員がバイクに跨り、エンジンをかける。時計に目をやると、間もなく時刻が変わろうとしていた。家に帰って寝てしまいたいという思いがない訳ではないが、それをするのは、サークル内での人間関係に亀裂を生むことと同義だ。

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