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合興酒宴〜Whiteday

 昔から男性のことはよく分からない。局部に変なものがぶら下がった生き物、という認識しかなかったというのが本当のところだと思う。
 中学、高校、大学と女子校だったので、そもそも男子と関わること自体が少なかった。うるさい男子がいなくても、仲のいい友達と一緒にいるだけで十分に楽しかったし、わざわざ時間とお金を割いてまで恋人を作ろうと思ったこともなかった。ただ漠然といつかは良い人を見つけて、交際して、自然と結婚して家庭を築くのだと信じて疑わなかったのだから、本当に救い難い。
 焦燥感を覚えたのは、友人の大半から結婚したという知らせを受けるようになってからのことだった。
 皆が当たり前のように人生の伴侶を見つけて新たな門出を祝われる中、ご祝儀を払うばかりで、自分だけが同じ場所で立ち尽くしているような気がして、招待状を貰うのが辛くなった。
 中には結婚という選択肢を求めず、己で選んだ道を進む友も幾人かいるが、結婚をしたいけれどできない者と、必要としない者とでは、言葉は同じ未婚でも中身はまるで異なるのだ。足踏みをしているような焦燥感を持つのは、結局は私だけだった。
  そして、幼馴染の子供が小学校に入学するという現実を突きつけられ、私はようやく動き出すことにした。いや、動かざるを得なくなった。いつまでたっても運命の王子様が迎えに来ないので、ガラスの棺桶の中で朽ち果てる前に、こちらから迎えにいくことにしたのだ。
 しかし、成人した男女が出逢う機会というのは、どうしても限られてくる。私は幼い頃から蝶よ花よと育てられた箱入り娘であるので、肝心要の出会いと言うものに辿り着く方法がそもそも分かっていない。職場にも妙齢の男性はうじゃうじゃいるが、仕事の同僚としか思わない私の認識力の問題なのか、既婚男性ばかりの部署のせいなのか、親しくなるのは決まって同性である。思い起こせば、クラスメイトの中には私と同じ箱入り娘でありながら、大学在学中にいつの間にか箱の中に恋人を潜り込ませるというスパイのような手段を取る猛者もいたのだから、興味の持てない他人事と思わず手練手管の一つでも教えてもらえば良かったと、今更ながら悔やまれる。
 しかし、持つべきものは、やはり友人。同期入社の大久保さんは昨今よく聞く、肉食系女子だ。
 ほわほわと可愛らしい外見からは想像もつかないが、運命の王子様を求めて社内で乱獲を繰り返した結果、ついに社外へ狩りに出るようになったらしい。
「花澤さん、金曜日の夜って空いてないかな? 合コンあるんだけど、来てくれない?」
 更衣室でそう頭を下げられたとき、私は思わずガッツポーズを取ってしまうほど歓喜した。
「行きます、行きます! 必ず行きます!」
「ホント!? よかった! 助かった〜」
 合コンとは合同コンパの略語だというが、言葉は知っていても、これまで実際に参加したことは一度もなく、まさかこうして自分が栄えあるメンバーに選ばれたのかと思うと胸が熱くなる思いだった。
「今度の相手はね、なんと全員県庁職員の公務員なの! 凄くない!?」
「全員公務員って凄いですね」
「そうでしょ? うまくいけば高収入の安定生活、こんな会社にもサヨナラして夢の専業主婦コースだよ」
「わぁ、すごい」
 私は正直今の仕事が気に入っているし、推しに課金する為の資金は自身の力で得たいタイプなので定年まで勤めあげる気満々なのだが、せっかくの機会を与えてくれた相手の意見に賛同しないのも憚られる。
「大久保さんも結婚したいんですか?」
「したいよー。もう散々遊んだもん。なんか疲れも残るようになっちゃったし、そういう歳なんだなって。そろそろ良い人見つけて子供作りたい。結婚しなくても幸せになれる時代だけどさ、私はやっぱりママになりたいんだよねー」
「大久保さん、ママしてる姿すごく想像つきます」
 漫画でしか見たことはないが、何というか、3時のおやつにやたらと手のこんだケーキを焼くタイプな気がする。あとスムージーを朝ご飯に出しそう。
「嬉しい、ありがと。でもね、わたし気づいちゃったんだ」
「気づいた? 何にですか?」
「私たちの歳になると、家庭的な男性って大体もう結婚してるんだよね。優しくて、家事に協力的で、話し合いができて、子煩悩なタイプなんて優良物件だから、即完売。大学の時からもう先約みたいになってる人もいるからね」
「そんなに前から!?」
 最早こうなってくると、家からの距離と進学のしやすさだけで進路を決めていた自分を恨みたくなる。タイムマシンがあったなら、と思う女性はきっと私だけではないだろう。コミケも楽しいが、恋人のひとりやふたりを作っておいても損はないぞ、と教えてやりたい。
 だから今回の機会は絶対に逃したくないの、とキラキラと輝く瞳で語った彼女が続ける。
「でも、意外。ダメもとで誘ったからびっくりしたよ。花澤さんって合コンとか興味あるんだね、真面目でそういうの行かなそうなのに」
「出会いがありませんから、凄く助かります」
「ううん、助かったのはこっちだよ。土壇場でキャンセルが出て、どうしようかなって悩んでたんだ。あ、ちなみに女性側の幹事は私です」
「どうぞ、よろしくお願いします」
 決戦は今週の金曜日。戦さ場は新都のスペインバル。
 私は来るその日に向けて、静かに牙を研ぐことを決意した。

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