見出し画像

魔仔混冥


 夏休みが始まって二週間と少し。市の図書館へ本を返却に行くと、久々にクラスメイトの鷹元と顔を合わせた。白いワンピースに、つばの広い帽子を被る姿は、いかにも何処かの御令嬢といった風で周囲から酷く浮いていた。さっきから周囲の人が何度も振り返り、ジロジロと眺めていくが本人は気にする様子もない。
 僕たちに挨拶を交わす習慣はない。そもそも普段は学校でほとんど口もきかないのだ。話をするのは放課後や、周囲に知り合いのいない時だけ。いつも鷹元が一方的に話しかけてきて、僕はそれに応える。それだけの関係だ。
 彼女は肩にかけた小さな鞄から一冊の文庫本を取り出した。カバーは無く、ずいぶんと日に焼けて変色している。
「ねぇ、これ見て」
 彼女は横に立って言った。
「本だろう。見ればわかるよ」
「そうじゃなくて。中身よ」
 鷹元の白い指が頁をめくる。開かれた頁には、印刷された文字を上から塗り潰すように朱文字で『山下数子 縊死』と大きく書かれており、その下には年号と日付が書かれていた。試しに一番最初から読んでみると、年号は明治のものとなっている。そこにも名前が書かれ、こちらは転落死とある。その次の頁には男性の名前があり、こちらは銃殺刑と書いてあった。
「気味が悪いと思わない?」
 言葉とは裏腹に、鷹元は嬉しそうに言った。
「遠野くん。好きでしょう」
「別に好きじゃないけど。この本、どうしたんだ?」
 彼女は本を鞄にしまいながら、微笑む。
「偶然、図書館で見つけたの。本当よ?」
「僕は別に何も言っていないだろう。悪戯書きされてるのなら、司書の人に言っておけばいいじゃないか。それでこの話は終わりだ」
「見たくないの? 死体」
 白くて冷たい鷹元の手が、僕の手首を掴む。遠くで蝉が狂ったように鳴いていた。
 僕は観念して、今日一日のスケジュールを白紙にした。
「返却だけさせてくれ。延滞したくないんだ」
「なんの本を借りたの?」
「医学書だよ。人体図とか」
「ふふ、気持ち悪い。学校じゃ、そんな怖い顔見せないくせに。優等生の遠野くん。誰にも見せない素顔を見られるのってどんな気分なの?」
「不愉快極まりないよ」
「その割に相手をしてくれるじゃない。もしかして、遠野くんって私のことが好きなのかしら」
 手を振り払い、僕は彼女のことを心の底から嫌悪した。
「死ね」
 彼女はくすくすと微笑って、ワンピースの裾を広げて身体を揺らした。

ここから先は

11,090字

¥ 300

期間限定 PayPay支払いすると抽選でお得に!

宜しければサポートをお願いします🤲 作品作りの為の写真集や絵本などの購入資金に使用させて頂きます! あと、お菓子作りの資金にもなります!