107.ダンス・イン・ザ・キッチン

2.きっかけ


それらの平面的な立体は、立体的な色彩に彩られ、部屋の隅にこじんまりと置かれていた。それらは長い間そこに置かれたままにされ、窓から差す陽の光でいくらか色褪せているようにさえ見えた。僕はその平面的な立体に近づき、対象を拡大して観察した。光の粒と呼ぶにはあまりに不清潔な、言わば塵のような粒子もまた陽の光を反射し、物体の周りを漂っていた。それらの粒子は次第に細かくなり、一瞬のうちに僕の視界を奪っていた。それから僕は宇宙の果てにいた。いや、それは地球の表面を覆う、とても薄い空気の層の一部分とも言えた。そこに音はなかった。音という考え方がそもそも存在しない、そんな場所だった。僕は音が存在しないという、その世界ではごく当たり前のことを、ごく素直に受け入れた。見上げれば、アルミニウムで編まれた曼荼羅のような京都の街が広がっていた。地上から数十万キロも離れた、宇宙とも呼べそうな上空にいながら、僕は街を行き交う人々の喧騒さえ感じ取ることができた。いや、よく考えれば、僕はその京都の街並のほんの一角にしかピントを合わせることができなかった。極めて限定的な世界だった。まるで映画館で、座席にシートベルトで固定されながら腕の悪い監督の撮った映画でも見せられているかのような、居心地の悪い世界だった。幾何学的な世界に放り込まれていた。音はなかった。いくら耳を澄ませても、音は聞こえない。そもそも耳が機能しているのかさえ不確かだった。

突然、しかし自然に目が覚めた。僕は途中からそれが夢であることに気づいていた。とても不思議な夢だった。目が覚めてから数分間、僕は天井を眺めていた。節を避けて右から左へ、あるいは左から右へ、美しい木目が流れている。例えるならそれは、小川の流れのような模様だ。
そんなことをしばらく考えて、僕はベッドから起き上がった。ロングフォードのタイムストーンは、その長針と短針をぴったり五時に合わせていた。恐ろしくぴったり、五時を指していた。六時に設定していたアラームは、起こす相手がいなくなったことも知らず必死に六時を目指しているように見えた。タイマーを止め、時計を元の位置に戻した。時間はゆっくりと進んでいた。僕は立ち上がり、洗面台に向かった。冷ややかな空気と夜の間に降り積もった静寂が、僕が床を擦る音によって徐々に溶かされていった。洗面所で顔を洗い、干し終わったばかりのタオルで丁寧に顔を拭った。僕は二階に上がり、居間の二つの電球のうち一つに明かりを灯した。豆を挽き、コーヒーメーカーに落とした。しばらくしてコーヒーがコトコトという音を響かせながらポットに溜まっていく。コーヒーの一滴は、ポットの底をとても正確な間隔で叩いていた。時計の秒針よりも正確に、一秒を刻んでいるようにさえ思えた。時間が、とてもゆっくりと流れていた。
起きてから学校に行くまでのニ時間を、「三島由紀をのレター教室」を読み、それから学校の支度をして潰した。時間を潰している間、僕はずっと今朝見た夢を思い出していた。アルミニウムで編まれた街並みと、シートベルトの窮屈な感覚を思い出した。何度か、それが何を意味するのかを考えようとしたが、馬鹿馬鹿しくなってやめてしまった。極めてスムーズに従順に、ニ時間は僕の指示に従い過ぎていった。

藤井は欠席していた。藤井が欠席するのはそれほど珍しくもないが、かと言って頻繁に起こることでもない。しかし僕はそれを特に気にしなかった。頻繁ではないとはいえ、珍しいことでもなかったからだ。藤井の欠席が担任の手帳に記され、ホームルームは終わり、僕の指示に従わない八時間が始まろうとしていた。八時間は極めて従順に、時計の指示に従い過ぎていくのだ。

昼食の時間だった。僕は早々に昼食を終え、「三島由紀夫のレター教室」をカバンから取り出そうとしていた。そのとき僕は、左斜め前に座っていた女の子が教室を立ち上がったのに気がついた。彼女は持っていた物を机の中にしまい、何か急ぎの用でもあるかのような足取りで教室を出ていってしまった。しかし、僕がその女の子に一瞬目を奪われたのは、彼女が立ち上がったからではなく、彼女の持っていた物が僕の視界に入り込んできたからだった。僕は確かに彼女の持ち物を視界の端で捉えた。しかしそれが僕と藤井の小説であるということに気づいたのは、すでに彼女が教室を出ていった後だった。

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