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部屋の片隅からガラケーを見つけたら毎日学校帰りにサイトを更新した日の記憶がよみがえってきた

こんにちは、千賀つづらです。
今日は特にtips的な記事を書くわけでもなく、創作的なノスタルジーを覚えたのでブログとして書いていこうと思います。

そもそも自分が創作を始めたのは10歳くらいのことで、当時はパソコンも触らせてもらえなかったので、ノートとか原稿用紙にシャープペンで物語を書きなぐってました。
今考えると思い出すだけで発狂しそうなんですが、永遠に完成しない、自分の頭の中にある世界をもりもりと書いていくのはなかなか楽しかったです。

中学生になる手前くらいでお古のパソコン(Wordとかは入ってたけどネットには繋いでもらえなかった富士通のデカいやつ)を譲り受け、ひたすら誰に見せるわけでもない話を書きなぐってました。
思えばここが、承認欲求だとか閲覧数だとか評価数だとかに依存しない最後の段階だったかなぁと思います。

で、高校生になりました。
部活が文芸部だったのと、ここでようやくケータイ(ちょうどスマホとガラケーの過渡期くらいでした。年齢がバレます)を買ってもらい、当時はやりに流行っていた個人サイトを設立してひたすら小説を……ここでも書きなぐっていました……。

これまでと違うのは、誰かに話を見られること。
あといわゆる一次創作から二次創作に舞台を変えたことです。
当時はですね、ランキングサイトとかもありまして、そこの上位層のシンプルなサイトデザインに憧れてnanoさんで綺麗めのテンプレート使ってHTML弄りながら色々してました。思い出しただけで心臓が痛くなってきます。

某庭球でプリンスなお話とか、某戦国時代でパーリーするお話とか、色々書いてきました。夢も腐もそれなりに嗜んできたなぁという感じなのですが、当時は毎日通学のバスの中で必死にケータイをカチカチやって、毎日サイトを更新していました。
内容は拙いにも程があると目を覆いたくなるものですが、すごく書くのが楽しかったです。たまに拍手コメントとかあると変な脳内麻薬みたいなのが出るんですよね。経験がある方だとおわかりいただけるかと思います。ドバドバです。

ガラケーなので物理ボタンがありまして、文字の入力しすぎやソシャゲのやりすぎでボタンが取れたりもしました。
今考えると、あの小さな画面で文字を打ったりサイト更新したりしてたのすごいなと思うんですが、そのいわゆる戦友ともいえるガラケーを、先日部屋の片隅から発見したんです。

当然ながら、もう電源は入りません。充電器も捨ててしまいました。
前述したお古のパソコンも捨ててしまいましたし、多分原稿用紙は塵に帰りました。
で、ガラケーも中身を見れるはずもなく。
見たところで悶絶必至なのですが、なんとなくあの頃毎日必死で文字を打ち込んでいた、あの感覚を思い出して懐かしさを覚えました。

友達とサイト更新したとか、どこどこのサイトさんとリンク繋いだとか、そういう話で盛り上がっていたことを芋蔓式に思い出しては切なくなります。
(その友達とは今も仲良くやってるんですけど)
手のひらに収まるくらいの、小さなガラケーに文字をいっぱい詰め込んで、毎日必死に物語を考えていたころが、なんとなく懐かしく、ちょっとだけうらやましいような気もします。

私は人生今が一番楽しいと思って生きているんですが、あの時の感性を大人になった今引き出すことはかなり難しいと思います。ほぼほぼ不可能に近い。
それが、もう中身の見れない小さな機械の中に詰め込まれていると思うと、埃をかぶったガラケーがとてつもなく愛しいものみたいに思えてきました。


でも大人になったからえっちなお話書けるんですよね。キスシーンだけでドキドキして、赤いフォントで「R-15」とか書かなくていいわけです。
そう思ったら郷愁もどこかにいっちゃったので、ガラケーはタンスの奥に再封印することにしました。またどこかで見つけて、その時にまたノスタルジーに浸るのでしょう。

今日は完全な日記でした。
それでは!

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