祖母とインコとヘビ

コオロギを食べましょう、みたいな話が出ているようで。
ほとんどの人は「虫なんて!」というのが正直な感想だろう。

でも俺は「コオロギ…?今さら何故、そんな悲しいことを…」
と感じた。

俺にはコオロギに関する悲しい、また不可解な思い出が2つある。


1つ目。

小3か小4だったと思う。
教室で虫カゴにコオロギを入れて飼っていた。
「そういう教育」ではなく、学校の中庭にいるバッタとかコオロギとかスズムシを捕まえて虫カゴに入れて教室の後ろに置いていた。

スズムシやコオロギの羽の音を聴きながら授業を受けていた。
良く言えば風流、悪く言えば野蛮だ。

その捕まえたコオロギを観察してたらお腹の大きなコオロギがいた。

小学生男子は思ったことを大声で言う。
「イェーイ!コオロギ妊娠6ヶ月〜!」

担任は20代後半くらいの、女性教師だった。

「そんなことを言ってはいけません!」
急に言われた。怒られるのか?
「自分が言われてイヤなことは人に言ってはいけません」に反するのか?
と考える隙もなく、その女性教師が
「ウワァァァ!」と号泣したのだ。
教室のその場に両膝をついて。
号泣している。

こういうシーンは邦画の予告編で最近、よく見る。だいたい雨が降ってる。

今はそんなことを考えることが可能だが、当時は9歳かそこらの、男児である。

大人が号泣するのを初めて見た。
しかも、原因は俺たちらしい。

先生を泣かせてしまった。めっちゃ泣いている。
しかし理由が分からない。
「コオロギ妊娠6ヶ月」
この文言のどこに、大人を号泣させる原因があるのか。

コオロギか?妊娠6ヶ月か?
たぶん妊娠6ヶ月の方じゃないか?
と俺は思った。

「俺は」と書いてるのは、「コオロギ妊娠6ヶ月」を言った俺たち男子数名を含め、クラス全体で暗黙的に封印したからだ。

封印した理由を今、分析すると「なんか怖かったから」くらいしか思いつかない。

封印してしまったので、なぜ先生は泣いたのか、何がいけなかったのかなど、
一切、話をしていない。
親にも言ってない。先生を泣かせたのだから。
その後、「コオロギ妊娠6ヶ月で女性教師を号泣させてしまった事件」について口にする者はいなかった。

ただ、子どもながら「妊娠を茶化してはいけない。何故なら大人が号泣するから」と思い、軽々しく「妊娠」という言葉を口にしなくなった。
教育に結びつける話ではない。
俺たちは怖かったのだ、訳が分からなさすぎて。

今ならその背景をいくらでも想像できる。
書きながら気づいたが、もし俺が先生を泣かせたことを母と祖母に言ったならば、学校に問い合わせるとかではなく、めっちゃ噂話を広めてたと思う。
そういう話は母も祖母も好みそうだ。

ネットニュースの見出しにしてもPV稼げそうな話題だ。
「小松菜奈、舞台挨拶で『コオロギ妊娠6ヶ月』と言いながら号泣!無言を貫く菅田将暉!」


コオロギの話、2つ目。

コオロギはどこにでもいたし、捕まえやすかったのでコオロギを200匹くらい虫カゴに入れて観察してたことがある。

これは小4だったと思う。
羽の音がすごかった。

ずっと観察してた。
コオロギ200匹ほどを虫カゴ、大きさは…らくらくメルカリ便の60サイズくらいかな。コオロギ200匹の立場からすると狭かっただろうと今は思う。
何を観察してたかというと交尾です。
性に目覚める前だから好奇心で見てた。

コオロギの交尾を知ってますか?
体位を人間のやつに置き換えると
「逆寝バック」ですね。
人間には不可能なやつです。

オスの背中にメスがピョンと飛び乗る。
その、下にいるオスのお尻からウイ〜ンと細長いやつが出てきて、それが上に乗ってるメスの方に曲がり、メスのお尻のとこにジャキーンと入る。

すんごいメカニックというか、こんなの学校で習わないし、発見だ!
とか思いながら観察してた。

狭い空間の中に200匹くらいいるから常に30カップルが同時にメカニック交尾をしてた。

祖母も一緒に観察してた。
俺は「発見!」という気持ちが嬉しかったから
「ばあちゃん!見て見て!交尾しよる!」と、理科の延長で言った。
学研の科学と学習的な、イノセントな子どもの心。
映画で言うと「スタンド・バイ・ミー」な感じ。

祖母は「ほう」と言ってた。
この「ほう」は「なるほど」という意味の「ほう」ではなく、
映画「仁義なき戦い」で菅原文太が発する「ほう」です。

「ほう」と言ってた祖母が急に
「ちょっと貸してみい」と虫カゴを引き寄せ、虫カゴのフタを開けた。
そして交尾を行っている、この場合はオスの上に乗っているメスたちを、
「こんクソが!こんクソが!」
と言いながら指でピッ!ピッ!と弾き飛ばし始めた。

でも200匹いるから弾き飛ばしても他のカップルが交尾を始める。
「まだしよるか!こんクソが!ここもしよるか!こんクソが!」

それが10分くらい続いた。

で、飽きたのか、祖母は虫カゴから離れ、テレビを見始めた。
大相撲秋場所だったと思う。

特に怖いとも思わず。

今考えると、「子どもに性行為を見せるのは良くない」という教育的配慮か、もしくは「ヤリやがって!」という嫉妬か。どちらかだと思うけど、
まあ、嫉妬の方でしょうね。

あの祖母が教育的配慮なんてする訳がない。


これは祖母の死後に聞いたけど、祖父、祖母の夫、この人がフィリピンで戦死してて。

母が言うには、その後、家にヤクザの男が住んでたらしい。
端的に言うと情婦ですね。

大正生まれの祖母は小学校しか行ってないらしく、それは時代的に珍しいことではなかったみたいで。
男に依存して生きてたかというとそれも違って、
なんか…着物?をデザインして縫って作る能力があって、どういうルートなのか分からないが自宅で着物を作って売って、それなりに稼いでたみたい。

ただ、住んでた家屋は隣の家のデカい倉庫を改築して「とりあえず人が住めるよ」くらいのボロ家だったので、貧乏な方になるのかな。
その家には俺は小4まで住んでたけど、トイレが外にあって。公衆便所というか、建設現場の簡易トイレみたいなのが庭にあって。ドア開けて裸電球を付ける仕組みで、夜にトイレ行くのめっちゃ怖かった。なんかそのトイレ、怖かったのよ。俺は霊感ないけど。

そのボロ家にヤクザの…末端の組員なのか分からないけど住まわせて、そのヤクザの仲間が家に集まって麻雀や花札的なことをする場所になってたみたい。

その家には母も住んでた。15歳まで。
可能性としてはある。その男達は少女だった母に手を出さなかったのか。

これは全くなかったみたい。それどころか母は「ヤクザの人はいい人ばっかやったよ。お菓子くれたり」と言ってた。

「ヤクザはいい人」って…ツイッターに書いたら怒られそうだし、そんなことないはずだけど、
母の認識としてはそうらしく。

「アウトレイジ」がテレ東系列で地上波放送された翌日、母が俺に電話をかけてきて
「ちょっとアンタ!昨日のたけしのヤクザの映画見たね!ヤクザがあんな悪いことする訳ないやないね!」と怒り気味に話してた。

これは日本映画の歴史を簡単に振り返ることになるんだけど、
母が若い頃見てたヤクザ映画は高倉健や鶴田浩二が出る「任侠映画」で、ヤクザは英雄的に描かれてる。その後、「仁義なき戦い」を中心とする「実録ヤクザ映画」に入る。実録路線では「ヤクザは悪い」ことが描かれてる。

ただ、「仁義なき戦い」の公開が1973年。俺が生まれたのが1970年。
子どもが生まれると映画を見る余裕は無くなる。なので母は1970年以降のヤクザ映画を知らない。


ヤクザを家に住まわせることは時代的にあったかもしれない。母には兄、俺の叔父に当たる人がいて、
「自殺した」と母から聞いてて、30代で俺が鬱病になった時に「なんか…叔父が自殺したって言ってたな。俺の鬱病も遺伝だろうか?」と思って母に「なんで自殺したん?」と聞いたら、予想の斜め上の話を聞かされた。

叔父、母の兄は中学校を卒業すると丁稚奉公に出された。「丁稚奉公」自体が俺はよく掴めないが、叔父はそれを「母から捨てられた」と感じたようで。
その後、母は「赤線の女」と言ってたんだけど、いわゆる売春婦と付き合い始めたらしい。その生活は全く分からないのだけど「その赤線の女は10歳以上、年上の人だった」と言ってたから母性愛を欲していたのかもしれない。

ある日、叔父はその赤線の女と実家を訪れた。そこでどんな会話があったかは聞いてない。
叔父は庭の、外のトイレの中で、包丁で自分の腹を滅多刺しにして、5メートルほど歩いて家の中に戻り、祖母と母の前で死んだ。

それ以上もそれ以下も知らない。
母からそれ以上詳しく聞こうとも思わなかったので…

「俺の鬱病はその、自殺したって言ってた叔父の遺伝?」くらいの軽いトーンで聞いたのに、実写化も難しそうなヘヴィな話を聞かされて、
いやまぁ…ね!

俺が子どもの頃、「なんかこのトイレ、怖いなあ」と感じてた理由が分かったような。


俺の脳内に、ある映像があって、それは記録映画のような、白黒の映像なんだけども。

あのボロ家の庭でヘビが「シャー!」と口を開けている。その前には閉じた傘を持った祖母がいる。
ヘビvs祖母。
ヘビが口を開けて祖母に襲いかかると祖母は傘を剣のようにヘビの口に突き刺す。

なぜ祖母はヘビと戦ったのか。

母が小学生の頃、家にインコを飼ってたらしい。祖母はそのインコをとても可愛がっていた。
ある日、祖母と母が帰宅すると、インコがいるはずの鳥籠にヘビがいた。ヘビは鳥籠の隙間から入り、インコを丸呑みしていた。丸呑みした分、身体が大きくなったヘビは、鳥籠の隙間から出ることができなくなっていた。
その現場を祖母に目撃された。 

目撃した祖母は激怒した。
「こんクソが!傘持ってこい!」
祖母はヘビの首を躊躇なく掴み、口をこじ開け、傘をヘビの口に刺した。
「こんクソが!許しゃせんぞ!」
傘はヘビを貫いた。

…という話を小学生の頃に母から聞きまして。
うわぁ…ばあちゃん…やりそうだなぁ…
というか実際やったのか。怖いなぁ…

という小学生の俺の脳が勝手に作り出した映像が先に書いた「ヘビvs祖母」の映像になり、今も脳内で動いてる。

インコ?インコの命ですか?
知りませんよ…
祖母がヘビの口に傘を刺した目的は「インコを助ける」ではなく「ヘビを殺す」だったことは明確なので…

口述で聞かされても分かる殺意ってあるんですね。

おわり。
(4162文字)


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