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『劇場版 ほんとうにあった怖い話 事故物件芸人』-KOC審査員「ちょっと怖いし意味がよく分からなかったので85点です!」-

僕は人に比べるとだいぶホラー映画を観ている方で、メジャーどころのホラー映画は邦画洋画問わず観ていると思う。ただ、90年代からゼロ年代初頭にかけてのJホラーブームに比べると、ここ10年くらいの邦画ホラーはなかなかぱっとしないなぁというのが正直な印象だ。確かにここ最近でも『来る』『霊的ボリシェヴィキ』『残穢-住んではいけない部屋-』とそのスピンオフの『鬼談百景』のような、尖った作品が点として生まれているし、『リング』『呪怨』というJホラーの二大巨頭は今なおその残り滓のような作品を線的に生み出してはいる。だが、『邪願霊』や『ほんとにあった怖い話』「霊のうごめく家」といった作品から始まったとされる、映画理論を共有し、批評的にも興行的にも成功したJホラーの”面”としての成功と比べるとやはり色褪せて見えてしまう。

そんなこんなで2019年のトホホ映画『貞子』以来、新作の邦画ホラーに食指を動かされることもなく、『犬鳴村』も『事故物件 怖い間取り』もスルーを決め込んでいたのだが、今回はTwitterかなにかで見た宣材に映ったトムブラウン・みちおが『冷たい熱帯魚』のでんでん並みに強烈なインパクトだったので、まあキャストも好きな芸人ばっかりだし、というミーハー感覚で特に下調べなどもせずに池袋のシネマ・ロサに出かけて行った(俳優・女優の〇〇が出ているから、という理由で映画を観ることはまずないんだけど、やお笑いが好きなのでどうしても芸人キャストは気になってしまう)

緊急事態宣言下にもかかわらず、映画館は想像よりにぎわっていた(といっても2-30人くらい?)。上映が始まってすぐに、映画としては極めてクオリティの低い、ド深夜TVドラマサイズの作劇だということが分かったので、もうそのあたりのことはあまり気にしないことにした。例えば冒頭のバーのシーン、ニューヨーク・屋敷の前に置かれるビールの泡の加減がカットを割るごとに不自然に変わっていたり、部屋の内見中に玄関に置かれた靴の数が部屋の中にいる人数と数が合わなかったり、カメラが部屋の中を動くシーンで、カメラマンが動くたびに床が軋む音をマイクが拾ってしまっていたり。低予算だし、こちらもおおらかな気持ちでみないとね!

ストーリーも正直ぱっとしない。全体は3部構成で「TVの企画で事故物件に住む芸人がスマホのカメラ越しに女の幽霊を見る(ニューヨーク・屋敷)」「その2年前、同居するコンビ芸人が捨てても戻ってくる人形に振り回される(かが屋・賀屋)」「さらにその2年前、彼女にも相方にも見放された芸人が、憑りつかれたようにメンタルが弱った人をひっかけては〇すを繰り返す(トム・ブラウン・みちお、布川)」という同じ事故物件を巡るエピソードが過去にさかのぼる形で語られる。

全エピソードに登場する不動産屋の大根演技と不自然な振る舞い(ep.屋敷では敷地に入らないくらいビビッていたのに、ep.賀屋では事故物件では無いような振る舞いをしているが、ep.みちおの顛末を考えると、なんでep.屋敷で急にビビりだしたのか分からない。)とか、話に絡みそうで全く絡んでこない隣人の男(初期の『呪怨』シリーズで唯一呪怨を食らわず生存し続けている隣家のおばさん的な存在)とか、2年前にウーバーイーツでバイトはリアリティなさすぎだろとか、最後まで押入れの上の引き戸は使われないんかい、とかツッコミどころは多いけど、一番勿体ないなと思うのは、各エピソードにストーリーの横の広がりが一切ないことだ。エピソード間は舞台である事故物件と人形やら女の幽霊やらで繋がりが提示されているが、せっかく芸人を主人公にしているのに、彼らが家の外で何をしているのかがほとんど描かれていない。その結果ストーリー展開が三者三様でぎくしゃくしている。

このご時世、低予算でロケ地を確保するのが大変だったという事情はあるんだろうけれど、例えばep.屋敷における嶋佐のヤバさを示す際に、あんなにあからさまな尾行やら盗聴やらではなく、ネタ合わせや営業、劇場でのちょっとしたシーンでさりげなくその異常性を示すような演出を入れた方が話が膨らんだのでは?と思ってしまう。家に帰ると押入れの中に・・・という2段落ちの展開は有名な都市伝説や『学校の怪談 呪いスペシャル』「恐怖心理学入門」に通じる古典的な展開なので、あれだけではあまりに弱すぎるし、弱い割には唐突すぎる(というか嶋佐の演技自体になんでこんな展開になっているんだろう、という困惑感が見えた気がする。。)。これではキングオブコントの某審査員に「意味がよく分からなかった」と言われて85点をつけられてしまう。

同じことはep.賀屋にも言えて、「霊感の強い同期」を電話でのやり取りで済ましてしまったり、地元の先輩・後輩コンビでネタは後輩が書いている、という微妙なパワーバランスの危うさみたいなものを、第三者がいる環境で見せる場面があった方が話に厚みが出たと思う。奇しくも途中で賀屋がこれをネタにしてはどうか、というセリフがあったが、これがネタだとすると捨てた人形が毎回戻ってくるだけの天丼ネタなので、いかにそれ以外の部分で盛り上げるかが肝になってくる。これもキングオブコントの審査員に「もう少し展開を期待した」と言われて85点をつけられてしまう。あと、これを言っても仕方ないのだが、出来れば「かが屋」で見たかった。。


ただ、最後のep.みちおだけは、みちおでアテ書きした脚本かな?と思うくらい狂ったキャラクターにみちおがドはまりしていたので、終始ニヤニヤしながら見ることができた。作中でトム・ブラウンの漫才フォーマットを一人でやっていたので、もはやただのトム・ブラウンのみちおでしかなかったが。アート系の仕事をしている、という設定の布川もかなりハマっていて、それまでのエピソードで演技力に定評のあるコント師がなんとも言えない歯がゆい演技をしている中で(ep.屋敷のバーでの掛け合いとか、多分屋敷以外のキャストの間がおかしいせいだと思うけど、酷かったと思うし、賀屋もあんまり絶叫の演技上手くない。。悲哀のある演技はあんなに上手いのに笑。多分彼らが脚本に手を入れた方が面白くなったと思う)、漫才師で演技のイメージもないトム・ブラウンの二人がハマっているというのは、監督兼脚本兼演者である芸人がアテ書きではない台本で演技することの難しさを感じずにはいられない。正直、発狂の過程をかなりすっ飛ばしているのと、ラストのいらんエフェクトのせいでちょっと盛り下がったところはあるけど、みちおのヤバいおじさん感が終始面白いので一番良かった。某審査員に「ぼく怖いのあんまりなんで。。」と言われるので85点です。

正直このシリーズは劇場版とするには制作側のポテンシャルが足りていないので、1話15分程度のテレビシリーズで見てみたい。出演してほしい芸人は例えば、おいでやす小田、錦鯉・長谷川、真空ジェシカ(目が死んでる枠)、ウエストランド・河本、オズワルド・畠中、蛙亭・岩倉、ランジャタイ・伊藤、ぼる塾・はるか(無表情or笑顔で人〇してそう枠)、蛙亭・中野、さらば青春の光・森田、インポッシブル、チョコレートプラネット・松尾、パーパー・星野(絶叫にぎやかし枠)あたりでどうでしょうか。

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