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【小説】ダンジョン脱出〜迷宮の罠師〜2日目 ちょっと待って!

あらすじ

さえない冒険者のロクは、妹の目を治療するため高額のクエストを請ける。

しかし、ギルドと魔族の策略により、脱出不能のダンジョン【戻らずの迷宮】に閉じ込められてしまう。

3ヶ月以内にダンジョンを脱出しなければ、契約により死んでしまう。

はたして、ロクは無事に脱出することができるのか。


【エピソード一覧】



2日目 ちょっと待って!

 喉がカラカラで目が覚めた。
 サキュバスの少女ミミが、事前にダンジョンに運び込んでおいてくれた水瓶から、柄杓で水をすくってゴクリと飲み干す。

 今日のダンジョンは、なんだかカラッとした空気だ。

 干し肉と、干し葡萄入りの乾パンを齧りながら、自室を出て、作業部屋に向かう。
 途中、ゴーレムやスライムとすれ違ったが、本当に僕を冒険者とは認識していないみたいだ。
誰も気にもとめず、すぅっと通り過ぎていく。


「カカカ!…おはようございマス、ロク殿!よく眠れましたカナ」

 スケルトンのコウベさんは、今日も陽気に顎と頭蓋骨を擦らせて笑っている。

「トールマン族は、昼行性だから困るわね…。ふわぁわ〜、眠ぃ〜」

 サキュバスのミミは、眠そうに目を擦っている。

「あ、おはようございます。お待たせしてしまったみたいで、すみません」

「まぁ、いいわ。私の人生のモットーは『無理しない』。体調を崩さないように作業を進めて頂戴」

「はい、ありがとうございます。でも期限までに間に合わないと、僕、死んでしまうんですけどね…」

「カカカ…そうですナ。アテクシも多少の無理は承知の上デスヨ」

「…」ミミはバツが悪いのか、会話など耳に入っていないかのように、部屋の天井をじっと見つめている。

 僕とコウベさんは、目を見合わせて肩をすくめると、昨日の作業の続きに取り掛かった。


 懐中時計がお昼を指す頃に、僕とコウベさんは一休みしようと再び作業部屋へ戻った。

「あら、お帰りなさい。じゃあ、早速解読した中身を見せてもらうわ」

「カカカ…なんと!…承知しまシタ。しかしミミ殿、まだ、ほとんど解読は進んでいませんヨ」

「だからこそよ。この解読した書物はハイソにも見せるんだから。解読がちゃんと出来てるか前もって確認しておきたいの」

「え、ハイソに見せるんですか!」

 僕は驚いて、思わず大声を上げてしまった。
ちょうどダンジョンの通路を通りがかった小柄なゴブリンが、一瞬こっちを見て、また歩いて通り過ぎていった。

「当たり前よ。【シャイニングソード】以外の情報は全て差し出すわ。諜報の基本は、百の真実にひとつまみの嘘があって成立するのよ」

「はあ、そういうものですか」

「じゃあ、トールマン、あなたからお願いするわ」

「…よし、わかりました」

 僕は意気揚々と書き殴ったメモを広げて、解読したトラップの術式の解説を始める。

 正直これにはちょっと自信がある。
僕だって冒険者。それなりにダンジョンで活躍してきたんだ。

「まず、はじめに、ダンジョンの入り口にかけられた術式を解読した結果———」

 僕は昨日から今日のお昼にかけて解読した結果を話し始めた。

 初めのうち、ミミとコウベさんは、僕の顔を見ながら話を聞いていたが、次第に視線を落とし僕のメモをじっと見つめるようになった。
相槌も、質問も、ないまま、ただ時間が過ぎ———

「———え〜、…以上です。何か気になることありましたか」

「…」「…」

たっぷり二人分の沈黙。なんだろうこの空気。

「カカカ…、あのロク殿、ひとつよろしいですカナ」

「はい、どうぞ」

「正直申し上げるとデスネ…、ロク殿の解読結果は…非常に—」

「雑ね」

 と、ミミが僕のメモを見ながら言った。

「カカカ…ま〜、率直に言うなれば、そうデスネ」

「トールマンのくせに、エルフ語の解読能力は高いわ。でも、メモの読み手のことが考えられていないわね」

「カタカタ…そうですネ。術式の解読の細かさにムラがあって、非常に読み取りづらいデス」

「あら、よく見ると術式の発動順が、ずれているわ」

「カカカ…おや、ここのところ、源流術式の記載も漏れていますネ」

「それに、見て、ここのメモなんか…」

「ちょ、ちょ、ちょっと待って〜〜〜!!!」

 僕は両手を二人の前に突き出して、二人の容赦ない言葉の攻撃を遮る。

 サキュバスのミミ、スケルトンのコウベさん、はキョトンとした顔で僕の方を見ている。

「ぉ…お…お昼ごはんにします!!解散!」

 僕は、さっきまで自信満々に語っていた自分が恥ずかしくなって、真っ赤になった顔を見られないよう俯きながら、床に広げていたメモを拾い集める。

「カカ…ミミ殿…」

 小声で、スケルトンのコウベさんがミミに話しかける。

「な、なによ…」

「我々、少々言い過ぎましたカナ…」

「わ、私じゃないわよ。シャレ・コウベ、あなたのほうが辛辣だったわよ」

「カタカタ!…あ、アティクシ?!」

 二人とも聞こえているっての!
 僕はくしゃくしゃになったメモを抱えて、部屋を出ていく。


「カカカ…お、おや。ロク殿、お昼はいかがでしたカナ…?」

「あ、あの…!!」

 昼休憩から戻った僕は、赤くなった目をこすりながら、コウベさんとミミに、一枚のメモ用紙を突き出す。

「な、何よ」

「二人の意見、すごく経験値になりました」

「そう、よかったわ…」

「それで、これ…もう一度、書き直してみたんです」

「カカ…おや、これワ…!」

「術式の細かさを合わせて、源流術式の覚え書きも付け加えています。それから、入り口の術式をもう一度見直してきて、発動順のズレも直しました」

「カカ…確かに、先ほどの箇所は全て直ってますネ。これなら、ダンジョンの攻略情報として問題ないですヨ!」

「はい、ありがとうございます」

 この二人は仲間だけど、お友達じゃない。
種族も違うし、本来は敵同士だけど、目的は同じパーティーメンバーだ。

 じゃれあい、は必要ない。

 意見は素直に受け入れるし、気になることは忌憚なく発言する。

 長期戦だからと少し気が緩んでいたけれど、三ヶ月後には解読を完了させておかなければならない。
ハイソとの契約により、解読に失敗すると僕は死んでしまうからだ。

 妹と二度と会えない。

 妹は、当面の間、ギルドマスターが面倒見てくれるとはいえ、妹の成長を無事見届けたい。
妹とまだまだこれからも暮らしていきたい。

「ふん、まぁ最低限、これくらいはしてもらわないとね」

「はい、ミミさんもありがとうございます」

「じゃあ、私は【戻らずの迷宮】に関する文献が残ってないかもう少し調査してみるわ。あなたたちも、今日はほどほどにね」

「カカ…よろしくお願いしマス、ミミ殿」

「…まだまだ、先は長いんだから」

 そういうとミミは、ふっと姿を消してしまった。


 先は長い、ミミはそう言った。
まさか、その次の日に、ハイソが「今すぐ解読した結果を見せろ」と、このダンジョンにやってくるなんて思わなかった…。

先は長くないかもしれない。


【次回】
→2024/11/10更新予定

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