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HAVELKAとBUCHTEL ③

ウィーンのど真ん中
ドブリンガーという楽譜屋さんの並びに
ハヴェルカというカフェがある

余談ですが、ドブリンガーは
本当に怖い楽譜屋さんで。
お店に入るとおじいさんが座っていて
そこで欲しい楽譜を買うんだけど
おじいさんに事細かに説明する。
手に取って、本屋さんのようにアレコレ選べない
誰々作曲の、誰々が書いた、〇〇版の
コレください。「アレ」の余地はない。
だって色々選びたいじゃん、表紙も大事!
持っててかわいい気に入る楽譜が欲しい!
という私には全くうってつかないお店だった。

余談は終わりハヴェルカ。
むかしの文豪たちがこよなく愛したカフェ
(というのはウィーンには掃いて捨てるほどあるけど)
ここは別格、少なくともわたしには。

夜の22時を過ぎるとおばあちゃんが出てきて
パンケーキを焼いてくれる
分厚い分厚い本のようなパンケーキ、ブルテル
だからBUCH(ドイツ語で本)TEL(可愛らしさ)
BUCHTELだれが命名したんだか。

当時、オペラを観終わるとだいたい22時をまわる。
おばあちゃんが焼き始めていないか
焼き終わって寝ちゃってないか
心配の早足でハヴェルカにむかう。
ありつけた日の少しの贅沢は
本当に幸せだったビンボー学生時代。

そこへ、異国の地で年齢に屈せず
思いのままに生きている素敵な老婆をみせようと
田舎のおばさん3人を連れて行く。
思いのままに、はもう達成してるけど…。
当時何歳だったんだろう
80歳はゆうに越えていただろうご婦人
"Frau. Josephena"たしかヨゼフィーナ。

握手するする、言葉が通じているかの如く
しゃべるしゃべる
握手しすぎて華奢な手が折れたらどーするんだ!
勢いでおばあちゃん倒れやしないかと
案ずるより先に打ち解けていた
言葉が通じていたのかも。

日本の田舎のおばさん3人と
ウィーンのど真ん中のおばあちゃん1人
威厳的には3人合わせても
おばあちゃんには到底追いつかなかった

「あんな風になりたいわ〜」と
作戦成功というか、そうなるのはわかっていたけど
やっぱりモーツァルト像より
ベートーベンの生家より意味を成した。
私の愛するヨーロッパを愛してくれた!

それからほどなく
私はウィーンを離れる引っ越しをするわけだけど
当時まだウィーンにいた友達からの便りによると
おばあちゃんは94歳でこの世を去った
わたしが思うに93歳までブフテルを焼いていた

それはそれは素晴らしい国葬だったよ。って
国葬?え?国葬?
ウィーンを愛し、カフェを愛したおばあちゃんは
紛れもなくウィーンに愛されていた

カフェのおばあちゃんが国葬って
粋な計らいをしてくれる
ウィーン市もオーストリア国家も🇦🇹

粛々と生きて愛されるということ
その生きざまを見てくれている人がいる
どちらが欠けても成り立たない
やっぱり好きだなぁ、ウィーン。

いつもの写真が
こんなに宝物になるなんてねー。

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